「貴裕さんと私は、幼い頃からの知り合いなの。お互いの両親が昔から仲が良くってね。婚約の話も自然と出た話で、あちらのご両親もずいぶん乗り気なのよ」

「そうなんですか……」

「貴裕さんは結婚はまだ早いなんて言ってたれど、会社を継ぐ人間がいつまでも独り身なんて外聞が悪いでしょう。だから彼のお父様が、私との結婚を会社を継ぐ条件にしたの」

 貴裕さんは私といる限り、会社を継げないということだ。

「彼の会社、もうすぐヨーロッパ圏への進出を控えてるでしょう。新事業の発表の席で、彼の社長就任と併せて私との結婚も発表されると思うわ。だから」

 一息に話したかと思うと、女性はパステルカラーのネイルが塗られた人差し指で、トンと私の胸のあたりを押す。きつい視線が私を貫いた。

「二度と貴裕さんに会わないで。彼に迷惑をかけたくないなら」

「……迷惑?」

「だってそうでしょう。会社を継ぐかどうかって時期に女遊びしてるだなんて外に漏れでもしたら」

 遊びだと、彼女は断言した。彼女はどうしても、そういうことにしたいのだ。

 私は、貴裕さんを信じたい。でも、私が彼のそばにいたら、貴裕さんが思い描いていた未来は、がらりと変わってしまうのだ。