食事も進み、食後のデザートを出される頃には、その楽しい気持ちに陰りが差し始めていた。だってコーヒーを飲み終えたら、この時間が終わってしまう。

 離れたくない。まだ一緒にいたい。きっと私の想いが伝わったのだと思う。

「美海さん」

 名前を呼ばれ、顔を上げる。ハッとするほど熱い視線。その瞳を見ただけで、時田さんも私と同じ気持ちなのだとわかった。

「このまま君を帰したくない」

「……私も、帰りたくない」

 我ながら、大胆だったと思う。でも震えるほど嬉しかった。

 その後どうやって会計を済ませ、時田さんと一緒に部屋に向かったのか、記憶は定かじゃない。でも、うるさいほど心臓が高鳴っていたこと、ホテルのロビーで部屋を取る時田さんの後ろ姿をドキドキしながら眺めていたこと、部屋へ向かう間も触れるほどそばにいて、彼の温もりを感じていたことを断片的に覚えている。

 これまでの人生、わずかな経験しかないけれど、誰かと抱き合って、身体も、心も、こんなにも満ち足りたことなどなかった。

 私は、幸せだった。そしてこの幸せはずっと続くものだと思っていた。

 でも私達には、言葉が足りなかったのだ。それも、決定的に。

 もしもあの夜、ちゃんと互いの想いを伝え合っていたのなら、互いの境遇を正直に打ち明け合っていたら、こんなふうにすれ違うこともなかったのかもしれない。いくら後悔したところで、もう時間は巻き戻せないのだけれど。