私は深呼吸してから、大きく右手を振りかぶったーーその時、バン!と大きな音を立てて扉が開き、焦った様子の三条君がやってきた。

「千帆ちゃん‼︎」

 けれど、もうタイミング的に間に合わず、私は思い切り紫音のことをビンタしていた。

 バッチーン!という音が室内に響いて、部屋が静まり返る。

 シーン……という効果音がつきそうなほどの静寂。

 頬を叩かれた紫音は固まったまま、何も言葉を発さない。

 三条君は、そんな私たちを見て紫音と同じようにポカンとしている。

「起きて紫音‼︎ 別れ薬なんてしょうもない薬で私たちの関係終わるわけないけど、紫音は絶対罪悪感抱くでしょ⁉︎ それが嫌なら元に戻って‼︎」

「…………」

「私は紫音を諦めたりしないからね、絶対‼︎」

 そう言い切ると、紫音の虚な目が徐々に光を取り戻していくのが分かった。

 紫音は大きく目を見開いて、私のことを見つめている。

 しばらくの沈黙の後、紫音がゆっくり口を開いた。

「……ごめん、千帆、俺、ずっと片隅で意識はあったのに、体が言うこときかなくなって……それで……」

「紫音、目が覚めたの?」

「うん……。ごめん」

 紫音の震える手を、私はぎゅっと握り締める。

 それから、笑顔で「ならよかった」とつぶやいた。

 怖かったからなのか、安堵からなのかよく分かんないけど、ちょっと涙も出てしまった。

 そんな私を見て、紫音はますます苦しそうな顔になる。

「千帆……怖かっただろ」

「うん、ちょっとね。でも、大丈夫」

「千帆の声、ずっと聞こえてたから」

「そうなんだ、めげずに叫んでよかった!」

「ねぇ……、抱き締めてもいい?」

 珍しく自信なさげに呟く紫音。

 私は目を細めて笑って、両手をガバッと広げる。

 それから、ハッキリとした声で「いいよ」と答えた。

 すると、紫音はまるで宝物を抱きしめるように、優しく私の体に手を回す。

 そして、私の肩に顔を埋めながら、掠れた声で囁いたのだ。

「……千帆、愛してる」

「うん……、私も」

 即答すると、今度は痛いくらいにぎゅーっと強く抱き締められた。

 よかった。本当の紫音に戻ってくれて。

 やっぱり、“感情”のある触れ合いは、すごくすごーく、幸せな気持ちになれる。

「で、俺は何を見せられてるんだろうね」

「は! 三条君、ごめん、すっかり……‼︎」

 突然聞こえてきた声に驚き顔をあげると、そこにはかなり呆れ返っている三条君がいた。

 しまった! 助けを呼んでおいて彼の存在をすっかり忘れていた!

 そりゃ死んだ魚の目になっても仕方ない……。

 紫音は三条君の存在に気づくと、私の乱れた服をサッと直して、これ見よがしに私のことを抱きしめる。

「というわけで三条、俺たちの間には一ミリも隙なんてないから、潔く諦めろよ」

「さっきまで獣みたいに正気失ってた人がよく言うねー」

「お前はいつだってところ構わず獣だろ」

「人ってさー、諦めろって言われると余計燃えるもんだよね」