心の底からげんなりしたけれど、私はもう何も言わないことにした。なぜなら、言っても意味がないから。

 そんなことより、今は食が大事!

 目の前のご馳走だけに集中しようとしたその時ーー、また新たな人物が背後から現れた。

「し、紫音様……⁉︎」

 突然ボブヘアの着物美女が現れ、私は目を丸くする。

 どこをどう切り取ってもお嬢様だと一目で分かるくらい、品がある。

 驚いた様子で目を潤ませるその女性とは反対に、紫音は全く驚きもせず乾いた目をしながら、低い声で「どうも」と返している。

「はっ、三条様も、本日はお招き頂きありがとうございます」

「鈴山さん、こちらこそ本日はありがとうございます。紫音君とお知り合いだったんですね」

 鈴山さん、というその女性は、三条君にも深々とお辞儀をし、またうるうるとした瞳を向けている。

 日本人形みたいな美しさだなーと思っていると、ぱちっと視線が重なった。

「三条様、この方……」

「ああ、彼女は俺たちのクラスメイトです」

「は、はじめまして、花山千帆です」

 ひとまずお肉を食べることをやめて、私もぺこっと頭を下げる。

 三条君が、「鈴山さんは鈴山花園の娘さんで、仕事でお世話になってるんだ」と教えてくれた。

 鈴山さん……、よくみたら、うーん、どこかで一瞬見かけたことがあるようなないような……。

「花山さん! この前のパーティーでは、父が大変失礼致しました」

 花山さんはがばっと勢いよく頭を下げ、突然申し訳なさそうに謝ってきた。

 なんのこと……?と一瞬思ったけれど、ようやく思い出した!

 この前の紫音のパーティーで会った人だ!

『おお、これはこれは美しいお嬢さん。どこの財閥のαかな』

 そっか、あのおじさんは、彼女のお父さんだったんだ……。

「い、いえいえこちらこそ……! 顔あげてください!」

「千帆、いいから。すみません鈴山さん、話があるなら後でいいですか」

 紫音……?

 いつもわりと無愛想な紫音だけど、やけに冷たい気がする。やっぱり鈴山さんのお父さんの発言をまだよく思ってないのかな。

 αの家で育った人には、その家の考えや見方があって当然だし、私もそれを否定するつもりはないけれど、紫音はあの時すごく怒ってた。

 紫音にクールな態度を取られ、鈴山さんは少し悲しそうにしている。

「失礼しました。紫音様の大事な婚約者様ですもんね……」

「そうですね。大事な幼なじみで、婚約者です」

「……本当に、長いお付き合いなんですね。強い絆があるんでしょう……」

 鈴山さんは何か言いたげな顔をしてから、暫く黙り込んだ。

 こ、婚約者って人前ではっきり言われるとなんか照れ臭いな……。番になると言われる方がまだ慣れている。

 鈴山さんはチラッと私の方を見て、スッと手を差しのばしてきた。

「厚かましいお願いですが、花山さんさえよければ、お友達になってほしいです。私、あの日のことをずっと後悔していました。Ωのお友達も本当は、ずっと欲しいと思ってたんです……」

「あ、え、私なんかでよければ……!」

 きゅっと思わずすぐに手を握り返すと、紫音に「千帆」と低い声で呼ばれた。

 すると三条君がすかさず「女の子にまで嫉妬するなんて、恥ずかしいよ」と紫音を宥める。

 だってあんなに切なそうな顔でお願いされたら、断れないよ……!