けど俺は知ってる。千帆が一般的に見ても、本当はめちゃくちゃ可愛いということを。

 本人が出す能天気さと地味な雰囲気である程度モテオーラを殺せているが、男子の間では地味に可愛いと各学年で噂されている。本人はまったく一ミリも気づいてないが。

「花山さん、おはよう。寝癖ついてるよ?」
「えっ、本当に!? ごめんなさい!」
「はは、なんで謝ってんの? 今日も面白いね」

 キャーキャー群がってくる女子の後ろで、とっくに俺への怒りなんかどうでもよくなった千帆が、クラスの男子に髪の毛を触られそうになっている。

 ほら、言わんこっちゃない。
 俺が定期的に害虫駆除をしてるから、平穏な学園生活を送れてるってこと、わかってんのか?こいつ。

「千帆に触んないでくれる?」

 座っている千帆の席までスッと向かい、彼女の頭を片手で自分の体に引き寄せる。

 目で殺すくらいの気持ちで男子を睨みつけると、完全にαのオーラに当てられたそいつは「すみませんでした!」と言って赤面しながらすぐに謝った。

「ちょ、ちょっと紫音、人間の首の構造理解してる!? 危険な角度に曲がりかけてるんだけど!」
「医者以外の誰かに触られたらコロすって言ったよな?」
「何それ初耳だよ! そして首がもう無理!」
「それより千帆、今日話が――」

 恐らく千帆は自分がΩであることにまだ気づいていない。

 ちゃんと話さねばと思い、抱き寄せていた千穂の頭を離して顔を見つめると、俺は暫しその場に固まった。

 なんだ? 何かが違う……。
 フェロモンが出ているせいなのか、Ωに変化したからなのか分からないが、千帆のオーラがいつもと違う。なんか、周りにキラキラした何かが飛んでいるかのような……。

 一言で言うと、元の千帆の可愛さが、溢れ出てしまっている。

「お前、今日顔になんか塗った?」
「えっ、寝ぼけて洗顔フォームと歯磨き粉間違ってつけたのバレた!? いや目にミントが染みて一気に目が覚めて驚いたよ……」
「あっそう……」

 ダメだ。会話ができない。珍しく化粧をしたのか確認したかっただけなのに。

 近くの男子がコソコソ話で「なんか今日の花山可愛くね?」と話しているのが聞こえてくる。

 やっぱりか。間違いなくΩに変化したせいだ。千帆のずぼらさで隠せていた可愛さがもう隠せなくなっている。

 白い肌に、透けるような茶色い長髪、リスみたいにくりっとした目……。こんなのその辺の男子が放っておくわけがない。

 しかも、昨日キスしたにも関わらず、千帆は全然普通の態度だし……。俺はちょっと意識してたというのに。

 キスしても意識してもらえないなら、いったい何をすればいいんだ?

 二重でイライラしてきた俺は、ぷにっと千帆の頬を摘んで横に引っ張った。

「何すんの紫音」
「今日の放課後話あるから残れよ」
「そ、そんなタイマン挑むみたいに……」

 とにかく。今は千帆にΩのことを知らせないといけない。千帆の両親にも伝えるべきだ。彼女の家族もみんな能天気だから、呑気に誕生日だけ祝って昨日は過ごしたんだろう。

 考えることが多すぎて頭が痛くなる。
 
 いったいこの幼なじみは、どれだけ俺のことを振り回したら気が済むのだろうが。