「だから私、幸せだなって思った」

「……え?」

 思わぬ言葉に、俺は眉を顰める。

 何がどういう意味で幸せに繋がるのか、全く分からない。

「私のことをひとりの人間として見てくれる紫音と出会えてよかった」

「何……それ」

「紫音のような人がαでよかった。そんな紫音と番になれる私は幸せ者だよ」

 千帆はそう言い切って、俺のことを今度はぎゅっと抱きしめた。

 千帆に抱きしめられながら、俺は胸の中で爆発している感情に全身を締め付けられていた。  

『紫音のような人がαでよかった』

 ダメだ、もう、嬉しくて、愛おしくて、たまらない。

 いつだって千帆は、俺の黒い不安をいとも簡単に溶かしてしまうんだ。

「紫音、私ね、この前の山登りの時、紫音がいてくれて本当によかったって思ったよ」

 そんなの、俺のセリフだ。

 いつだって救われてるのは俺の方だ。

 千帆のことを勝手に好きになって、番になろうと強引に丸め込んで、ずっと手離せずにいる。

 千帆という光を失いたくなくて必死になってる俺は、身勝手で余裕がなくてダサい男だ。

「私、紫音に大切にしてもらえるだけで、十分幸せだよ」

 それでも千帆は、どうしてか俺のそばにいてくれるんだ。

 俺のダメなところを全部知っていても。

 完璧じゃない俺を、笑って見ていてくれる。

 そんな人を、どうして守りたいと思わずにいられるだろう。

 ああ、もう、ダメだ。千帆の全部が愛しくて、千帆の全部が欲しくて仕方ない。

「ひゃっ、紫音……?」

 俺のことを抱きしめていた腕を剥がして、俺は千帆の首筋に唇を寄せた。

 甘いリップ音が響いて、千帆の体がギュッと強張る。

 鎖骨や肩……露出している肌の全部にキスを落として、このまま食べてしまいたいくらいの衝動と闘う。

「千帆……」

「やっ、待って……っ」

「ごめん、無理」