「千帆ちゃん、パーティーに来てくれていたんだね。妻から聞いてたよ」
空気を察して、父が千帆に優しく話しかける。
すると鈴山社長は、くるっとうしろを振りかえり、「おお、これはこれは美しいお嬢さん。どこの財閥のαかな」なんて言ってのけた。
その瞬間ブチッと頭の中で何かがキレて、俺は鈴山社長の腕を強く掴んだ。
「な、何かね……!」
「紫音!」
焦る鈴山社長を目で殺す勢いで睨みつけていると、千帆が珍しく声を荒らげた。
俺の行動を止めようとしていた父も、俺の名を呼んで制した千帆を見て固まっている。
千帆は鈴山社長のことを見据えると、まっすぐ答えた。
「私は、ただの“人間”の、花山千帆です。同じく“人間”の紫音さんと仲良くさせて頂いてます」
「に、人間の……? ハハ、面白い子だね」
「紫音、私、先に会場入ってご飯食べてるね!」
そう笑って言って、俺に手を振る千帆。
そんな千帆の言葉を理解できずに、乾いた笑みを浮かべている鈴山社長とその娘。
あんなことを言われても、強くまっすぐな瞳の千帆を見たら、胸がギュッと苦しくなった。
俺とこんな場所に来たから、差別を受けた。
俺がαだから、要らぬ傷を負わせた。
俺と一緒にいたから、千帆は傷つけられた。
いくつもの罪悪感が、激しく心臓を揺さぶってくる。
「千帆……!」
千帆のことを呼び止めようとしたけれど、すぐに人混みに紛れて見えなくなってしまった。
頭の中で何かがスーッと冷めていく感覚に襲われた。
バカだ。今、罪悪感なんて抱いてる場合じゃない。俺はこの怒りを、見過ごすわけにはいかない。
俺は鈴山社長の腕を離すと、鈴山親子をキッと見据える。すると、色んなことに鈍い鈴山社長は乾いた笑みのまま馬鹿げた質問をしてきた。
「あの変わった子は、まさか紫音君の恋人とか……? ハハ、なんてね」
「彼女は恋人ではありません」
俺の回答に、一瞬嬉々とする鈴山親子。
しかし俺は一秒後に彼らの期待を思い切り裏切ってやった。
「彼女は婚約者です。来年の春には番関係を結びます」
「えっ、番って、じゃああの子はΩ……⁉︎」
二人揃って同じ言葉を発する鈴山親子に、俺はグッと迫って腹の底から冷たい言葉を返した。
「それが何か?」
低い声に驚いたのか、鈴山社長の娘は泣きそうな顔になっている。二人とも俺より背が低いので、威圧するには簡単だった。
そのまま睨みつけていると、うしろからポンと肩を叩かれ、振り返ると父がこそっと耳打ちしてきた。
「気持ちは分かるが、今は大事な恋人を助けに行くべきでは?」と言われ、少し冷静さを取り戻す。
「すみません。……ここで失礼します」
俺は父に一礼してから、言われた通り全部を父に任せて会場内へと足を運んだ。
何か言いかけた鈴山社長の娘のことなど、一切見向きもせずに。



