因みにそんな父は今日も海外出張で家にいない。

「なーんで見ず知らずの人間にぺこぺこして体力消耗しなきゃなんないのかしらー」

「母さん……、ワイン飲み過ぎだよ」

「なんか楽しいことがあればいいんだけど……あ! そうだわ!」

 母は突然ワイングラスをテーブルに置いて、パチンと両手を合わせて輝く瞳をこちらに向けた。

 すでに嫌な予感しかしない。

 「何?」と眉を顰めながら問いかけると、母はより一層目を爛々とさせる。

「千帆ちゃん呼べばいいじゃない! 未来の花嫁さんですーって挨拶回りすれば?」

「ぶっ」

「最近会えてなかったし、私も千帆ちゃんに会いたいわ! それで髪型いじってドレスアップさせたりしちゃって……!」

 ひとりで舞い上がってる母の向かいで、俺はコーヒーを吹き出しかけ、なんとかむせないように呼吸を整える。

 千帆をパーティーに呼ぶだなんてもってのほかだ。もし馬鹿な男どもが千帆のフェロモンにやられたらどうするんだ。

 参加者の男性はαがほとんどだし……。ない。どう考えても、絶対にない。

「母さん、それは絶対無理……」

「あー、千帆ちゃん? 元気ー? おばちゃんも元気よー。それでね、来週の土曜日って空いてるかしらー? パーティーに招待したいなーと思ってー」

「おい!」

「あ、空いてるー? うんうん、もちろん紫音もいるからー! たくさんご馳走もあるわよー!」

 俺があれこれ不安を募らせてる間に、母は即座に千帆に電話をかけていた。

 ていうか、いつから電話番号交換してたんだ⁉︎
 
 焦ってスマホを奪ったけれど、母は既に話を終えて通話を切っていた。

 青ざめた顔で、俺は母を睨みつける。しかし母は、ルンルンという効果音が聞こえてきそうなほど浮かれている。

「千帆ちゃん来れるって! ご馳走あるって言ったら即答だったわ」

「あのバカ……」

「さーって、千帆ちゃんに着てもらう可愛いドレス、取り寄せなくちゃー! 間に合うかしら!」

 絶対、千帆を人形にして遊びたいだけだろ……。

 女の子を可愛くしたい欲が溜まりすぎて完全に暴走してる母は、誰も止めることはできない。

 俺はがっくりと肩を落としながら、どうやって男から千帆を守るかだけを考えていた。





 パーティー当日。母親に強制的に髪の毛をいじられた俺は、全体的に髪の毛をゆるく巻かれ、長い前髪も真ん中分けにされた。

 グレーのスーツに着替えて、伊集院家の者であることを表すバッジを胸元につける。

 鏡に映った自分を見て、不安なため息をついた。

「やり切れる気がしない……」

 母と千帆は隣の部屋に篭りっきりで、恐らく千帆は着せ替え人形のようにされているんだろう。今日までに、母が何着もドレスを取り寄せていたから。

 父は先に会場に向かっており、現地で集合することになっている。

 リビングに移動し、ソファーの周りをウロウロしながら落ち着きなくしていると、ガチャリとドアが開く音がした。

 バッと振り返るとそこには、ふんわりと巻いた髪の毛をハーフアップにした、淡い水色のドレス姿の千帆がいた。