俺が言い放った嫌味も全て受け入れて、自分の考えを伝えてくれる千帆ちゃんが、眩しくて仕方がなくて。

 本能レベルで、惹かれ合う……?

 特性も受け入れた上で、二人は一緒に愛し合ってるというのか。

 そんなことを言われたら、全く入る隙がない。

 さっきよりもズキズキと痛んでいる心臓に気付いて、俺は思わず胸辺りの服を掴む。

 こんな気持ち、今まで知らない。だって、全部奪って生きてきたから。

 こんにも心臓がズキズキと切なく痛むのは、千帆ちゃんのことが欲しくて仕方がないから。

 暫く黙っていると、千帆ちゃんはまたずいっとクレープを差し出してきた。

「また暗い顔になってる。はい!」

 少し戸惑いつつも、ばくっと苺がある部分を食してみる。

 甘い味が口の中に広がって、確かに少し幸せな気持ちになった。

「美味しい? 少しは元気出た?」

「うん……」

「よかった。なんか今日の三条君、弱ってるせいかやたら素直で可愛いね」

 可愛いなんて言われたって嬉しくない。

 拗ねた口調で「からかわないでよ」と言うと、千帆ちゃんは俺の肩をぽんぽんと優しく叩いた。

「こういう、完璧すぎない、自然な三条君の方が怖くない」

「何それ、今まで怖がってたの?」

「はは、バレた」

 いたずらにそう言い放つ彼女を見て、ドクンと大きく心臓が跳ねる。

 完璧じゃない俺でもいいと、そう言われた瞬間、胸の内側から何かが優しくほぐれていくのを感じた。

 ずっと自分をがんじがらめにしていた何かが、千帆ちゃんを前にするといとも簡単に緩んでしまう。

 こんな感情、今まで会ったΩに抱いたことなど一度もない。

 相手が彼女だからーー千帆ちゃんだから。

 それがわかった瞬間、ぶわっと顔に熱が集まるのを感じた。

「三条君、なんか顔が赤いよ? やっぱり熱あるんじゃ……」

「うわっ!」

 頬をまた触られそうになって、俺は今度は過剰に反応して避けてしまった。さっきは軽い冗談を言う余裕まであったのに。

 避けられた千帆ちゃんは一瞬動揺したものの、すぐに「ごめん」と手を引っ込める。

 俺はその引っ込められた手を思わず掴んで、信じられらないほど余裕のない声を出してしまった。

「違う!」

「へっ、な、何が……?」

「今のは、千帆ちゃんを拒否したわけじゃなくて……!」

「う、うん、大丈夫だよ……? あっ! 紫音からメッセージ届いてるからそろそろ帰るね」

 ポケットの中で震えたスマホを見て、千帆ちゃんはすくっと立ち上がった。

 残りのクレープをばくばくと食べ切って、包み紙を丸めている。

 余裕のない俺なんかに見向きもせず、紫音君のメッセージひとつで行動する千帆ちゃん。その一連を見て、俺はまた密かに嫉妬の火を燃やしていた。

 愛なんてくだらない。αが好きな人なんか作ったって仕方ないと思ってたけど、もうここまできたら自分の気持ちを否定できない。
 
 俺は、千帆ちゃんのことが欲しくて仕方ない。Ωだからではく、彼女が彼女だから。

「じゃあまたね、三条君!」

「うん……、また」

 いつも通りの笑顔を浮かべて見送ったけれど、俺は心中で紫音君に宣戦布告をしていた。

 番の仮契約を結んでるみたいだけど、俺には関係ない。

 生まれて初めて、ここまで何かを欲しいって思ったんだ。

「手加減しないよ、紫音君」

 呑気に帰って行く千帆ちゃんの後ろ姿を見ながら、そっと呟いたのだった。