それほど、俺という存在は扱いづらく、希少で、失ってはいけない財産だったのだろう。
『お前らαなんて、国に消費されて死んでいくだけのくせに……!』
平和な公園を眺めていたら、さっきの男が吐き捨てた言葉が頭の中に響いた。
思わずふっと笑みが溢れる。本当に、その通りだと思ったから。
全部が揃っていて、何もない。それが俺の人生だ。
あー、ていうか、意外と打ちどころが悪かったのかも。なんか、今更目の前がクラクラしてきたし、気持ち悪いな。あいつ、素人のくせに思い切り殴ってきたもんな。やばいのかなこれ…。
「くっそ……」
「三条君!」
そのまま地面に倒れ込みそうになったその時、ふと俺を呼ぶ声がして、俺は誰かに抱き止められた。
フェロモンですぐにその相手が誰か分かったけれど、俺は発情する訳もなく、穏やかな波に包まれるかのような安心感の中、意識を手放した。
目を開けると、思い切り心配したような顔の千帆ちゃんが視界いっぱいに広がった。
なぜか彼女はクレープを片手に持っていて、上から俺のことを見下ろしている。
「起きた! どうしようかと思った!」
キョロキョロと辺りを見回すと、場所はさっきの公園のままで、俺は今ベンチに寝かされているらしい。
一瞬、膝枕をされているのかと勘違いしたが、俺の後頭部には千帆ちゃんのリュックがあるだけで、彼女はリュックの隣に座っていた。
「公園の隣にできたクレープ屋さん目当てに来たら、三条君が倒れそうになってるんだもん! 驚いたよ! 大丈夫?」
「あー、それでクレープね……。今日、紫音くんは?」
「紫音は今日、塾の日なの」
ゆっくり体を起こしながら問いかけると、千帆ちゃんはあっけらかんと答える。
最悪だ。よりによって千帆ちゃんにこんな弱ってるところを見られてしまうだなんて。
「そうだったんだ。助けてくれてありがとう」
恥ずかしさに小声になりながらお礼を言うと、千帆ちゃんはまだ心配したような顔で俺のことを見つめていた。
あー、何その可愛い顔。色白で丸顔でほわんとした優しい顔立ちで、Ωとか抜きにして、顔が普通にめっちゃ好きなんだよなー。
そんなことを思いながらじっと彼女の顔を見つめ返すと、いきなりスッと手が頬に触れた。
「喧嘩でもしたの? ここ、腫れてる……」
「心配してくれるの? 千帆ちゃんがここにキスしてくれたら治るかもー」
ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべながらテキトーに返すと、千帆ちゃんは思い切り不機嫌そうな顔になる。そりゃそうだ、看病した相手にこんな軽率なことを言われたら誰だって気分が悪いだろう。
でも、軽口を叩いて本心を悟られないようにする癖が、どうしても抜けない。
千帆ちゃんはハアと大きなため息をついてから、「もう大丈夫そうなら行くね」と立ち上がった。
俺はそれを止めることなく、ひらひらと手を振る。
「バイバイ、道中気をつけてね。クレープ溶けないうちに味わって」
「うん、また明日学校でね」
これ以上近くにいると、フェロモンの作用でキスしたくなっちゃうところだったし。
千帆ちゃんの後ろ姿が見えなくなるまで薄い笑顔を浮かべながら見送ると、俺はふぅとひとつため息をつく。
よし、さっきよりはだいぶ体調もマシになったな。あと少し休んだら行くか……。
なんて思ってると、同じ学校の制服を着た女子生徒が、何やら俺のことを遠くから指差しているのが見えた。よく見たら、写真も撮られている。彼女たちが何を言ってるかは分からないが、キャーキャー黄色い声が聞こえてくる。
あーあ、めんどくさ。
心底そう思いながらも、無感情で手を振り返す。



