「ねぇ、ここでもいいよ? 私……」

「悪い子だね、先輩」

 αのフェロモンに完全にあてられて、催眠術にかかったような瞳になっている先輩。

 そんな哀れな姿を見て、俺は心中で嘲笑っていた。

 でも、決してバカにしているわけでも、嫌な気になっているわけでもない。

 俺を見て求愛してくるのは、喉が渇いたから水を飲みたくなるのと同じようなもの。

 俺だって、喉が渇いていたら水くらい飲む。

 まあ、満たされたら、もう“それ”には興味が一切湧かないのだけれど。

「いいよ。俺がぶっ壊してあげる、先輩たちの薄っぺらい恋愛関係」

「あっ、三条君……」

 先輩の腰に手を回し、俺は首筋に舌を這わせる。

 花山千帆のせいで、一瞬見失っていた。この関係が自分にとって一番楽だってこと。

 名前も知らない女の体温を感じながら、俺は何かで満たされていくのを感じていた。

 誰からも求められる俺は、誰にも求められていないのと一緒。

 そんな孤独を打ち消すように、俺は遊ぶように目の前の快楽に手を伸ばした。





「三条君が隣の席⁉︎」

 登山イベントも夏休みもあっという間に終わった頃。
 朝のホームルームでのくじ引きが終わり、窓際の席に移動すると、なんと隣にやって来たのは花山千帆ーー千帆ちゃんだった。

 俺はニコッと笑みを浮かべて「千帆ちゃんだったんだ、ラッキー」と調子のいい言葉を返す。

 すると、千帆ちゃんの後ろから、明らかな殺意を感じ取ったので視線をずらすと、そこには彼女の番犬・伊集院紫音がいた。

「あれ、千帆ちゃんのこと、俺たちが挟む感じなんだ? 何この修羅場席、漫画みたいで面白いね」

「おい、千帆のこと視界に入れたら殺すからな」

「そんな無茶なー」

 千帆ちゃんを挟んでバチバチに紫音君と火花を散らしていると、千帆ちゃんは思い切り気まずそうな顔をして沈黙した。

 次の席替えを強く望んでいるのは、おそらく彼女自身だろう。

 千帆ちゃんを二人で挟むと言っても、紫音君は通路を挟んだ隣で、俺たちはぴったり机を合わせての隣同士。距離感ではこっちの方が勝っている。

 俺は見せつけるようにぐっと千帆ちゃんに近寄って、上目遣いで顔を見つめた。

 大抵の女子は俺にこんなことをされたら卒倒するくらいなんだけど……。

「ねぇ、一限の教科書忘れちゃった。見せてくれる?」

「うん、いいよ!」

 千帆ちゃんには予想通り全く効かず。