まるで懐っこい野良猫がついてきているくらいの感覚だったので、いつのまにか千帆との登校が嫌じゃなくなっていった。

 そしてある朝、俺は気になっていたことをついに聞いてみる。

「お前、俺のこと見て変な気持ちになったりしないわけ?」
「変な気持ち? 何それ」
「何って言われると……。ほら、俺αだから」

 フェロモンに誘発されて急激な恋愛感情を抱いたりしていないか、なんて聞けるわけがなかった。

 そもそもそんな質問ができるほど、そのときの俺もまだ大人ではなかった。
 
 千帆はぽかんとした顔で俺を見つめると、あっけらかんと言いのける。

「なんで? 紫音君は紫音君じゃん。アルファだから?とか、千帆よく分かんないよ」
「え……」
「紫音君は、紫音君でしょ?」

 そう言われて、いつも胸の中に蔓延しているもやもやとした形のない黒い感情が、晴れ渡るみたいに消えていくのを感じた。

 俺は俺――。
 αだからとか、特別な人間だからとか、そんなレッテルをなしで見てくれる千帆の言葉に、簡単に救われてしまった。

 なぜ千帆にはフェロモンが効かないのかわからなかったけれど、初めて等身大で自分を見てくれる人に出会えた。

 その瞬間、バクバクと心音がうるさくなり、一気に千帆が可愛く見えてきて、いや今までも本当は可愛いと思っていたかもしれないけれど、とにかく、千帆のことしか見えなくなった。

 大切だから、誰にも渡したくない。
 この先千帆に何かあったら、絶対俺が守る。

 小学生ながらに、そう誓って生きてきた。
 
 そうして、想像通りクソ鈍感でいつも何も考えてない千帆に、可愛いと言っても抱きしめても頭を撫でても何も気づいてもらえずに、振り回され続けてついに高校生になってしまった。

 あまりに危機感のない千帆に何かがぷつりとキレてしまい、ついにキスをしてしまったのだ。

 それでまさか、あんなことが起こるだなんて。

 千帆は、βじゃなくて、Ωだった。皮肉なことに、初めてキスをしたその日にわかった。

 ごくごく稀にいる、βの変化型。αのフェロモンに強かったのは、体が変化前でまだホルモン機能が安定していなかったから。変化型にはよくあることらしい。

 あんなにクラクラして自制心を保てなくなったのは、生まれて初めてのことだったから、すぐにΩだとわかってしまった。