◼️好きになる瞬間

『三条君が好きになる人は……、一緒にいたい人は、三条君が選んで決めていいんだよ? その相手が、Ωでもαでもβでも、関係ないよ』

 生まれて初めて言われた言葉が、時間が経った今でもふと頭の中に蘇る時がある。

 好きな人ができるなんて遠い世界の話で、誰かを私的な感情で大切に思うなんてこと、あり得ないと思って生きていたから。

 両親にもずっと、出来るだけ優秀なΩを探すから待っていなさいと言われ、それをただ機械的に受け入れて過ごしてきた。

 それなのに、あんなに真っ直ぐな目で、当然のように綺麗事を言い捨てた花山千帆というΩの女。

 本当に、おめでたい奴だと思った。
 
 そのはずなのにーー、どうして、こんなにも目が離せなくなっているんだろう。

 フェロモンが作用しているのは分かっているけれど、こんなにも無条件でΩに惹かれてしまうものなのだろうか。

 それも、惹かれているのは俺からだけで、肝心の花山千帆は神経質そうな幼なじみにしか興味がない。俺には全くドキドキしてなどいないことが、ありありと分かる。

 なんだかそれが、無性にイライラする。

 Ωは花山千帆だけじゃないのだから、放っておけばいいだけの話で、黙ってれば女なんて死ぬほど集まってくるというのに。

「三条君、今日私の家で遊ばない? 海外旅行で両親もいないからさ……」

 放課後の空き教室で、俺にそっと寄り添ってくる女の先輩。名前は忘れた。

 腰まで伸びたロングヘアをかきあげ、チラッと胸元を寄せつつ、とろんとした瞳を俺に向けている。

「先輩、彼氏いるんじゃないの?」

「えー、じゃあ、別れる」

「うわー、ひどいね、先輩。愛ってそんなもん?」

 グッと顔を寄せて先輩の目を見つめると、彼女は熱があるんじゃないかというくらい顔を赤くして、俺にしなだれかかってきた。