◼️番候補になりました


「番になるには、お互いが十八歳以上になったときに、相手のうなじを噛むこと……」

 自分がΩだとわかってから一か月が経った。
 Ωに関する教材を引っ張り出して勉強し直せと言われたので、私はあれから週に一度、保健体育の教科書を自室で音読している。

 その様子を紫音は隣でとっても怖い顔で見ていて、「三十分後に小テストな」とまで言ってきた。
 
 しかも、満点を取れなかったらフォーティーワンのアイスクリームのポイントカードを破棄するとまで言われた。

 鬼すぎる。私の唯一の楽しみを奪おうとするなんて、そんな酷い仕打ちある……?

「番になるとΩは発情しなくなり、普通の日常を過ごせるようになる。一度番になると死ぬまでその契約を終わらせることはできず、Ωとαは血よりも濃い関係となる。なんか文字で読むと怖……」

「千帆、ちゃんと勉強しろ。身の危険を守るためなんだからな」

「わかってるってばー。えーと、Ωは発情期には、αを激しく誘惑するようなフェロモンを出す。それを誘惑香と言う。その効力は大きく、βすら惑わす力もあるので、発情期での単独行動は危険である。そのため、Ωには発情抑制剤が、αには性欲抑制剤が国から支給されることになっている。……はい音読終わり!」 

「心がこもってない、もう一周」

「これ国語の教科書じゃないんだけど!」

 スパルタすぎる紫音の言葉に全力で突っ込んで、私は教科書を投げ捨ててベッドにダイブした。

 学校から帰って疲れてるというのに、こんなスパルタ教育が待ってるなんて聞いてないよ。

 紫音はベッドの上で足をバタバタさせている私を呆れた目で見ている。というか、紫音が私を見ているときはだいたい呆れている。

「お前、俺以外のαの前でそんな無防備に横になるなよな」

「もー、あれもだめこれもだめって、紫音はおかんか!」

「お前の母親、超放任主義だからそんなこと言わないだろ」

「たしかに」

 的確なツッコミをされてしまいぐっと黙り込むこと、紫音が私が投げた教科書を拾って机に置いた。

 そして、ベッドに寝転がっている私のそばにやってきて、ギシッとスプリングを軋ませる。

 紫音に上から見下ろされる形になった。相変わらず恐ろしいほど綺麗な顔だ。サラッとした黒髪が涼しげな目元を少し隠している。