桜の花びらが涙のような雫をぽたぽたと流していた。僕は、傘を少しずらして桜の木を見ていた。今日は高校の入学式だ。しかし僕は、期待に身を膨らませるような、そんな気持ちなんか一切持ち合わせておらず、なんなら高校を辞めてしまいたいくらいだった。
 元々高校など行こうとしていなかったが、親があまりにもうるさいので行くことにした。この高校だって、親が見つけてきた。だから、高校生活などに期待もしていない。三年間平凡に過ごそうと思っている。
 自分の席に着くと、先生が来るまでの間、必然的に近くの席のやつと友達になった。そこでは、かわいい子ウォッチングが始まったが、僕は黙って友人が話している子を目で追った。同じクラスのあの子がかわいい、隣のクラスの二つ結びの子、今廊下を通った子。僕はあんまりわからなかった。
 僕らの教室からは階段が見えた。一人チャイムが鳴っているにもかかわらう、焦らず上っている女の人がいた。まだ上に行こうとしてるってことは、きっと先輩なのだろう。彼女は、今にも消えてしまいそうな白い肌。腰くらいまである長くて手入れのいきとどいた髪。前髪からかすかに見えるさみしそうな目。そんな彼女を目で追わずにはいられなかった。
 「あの先輩、かわいいよな。三年生の先輩で、この学校で一位二位を争うくらいの美女だぜ。お前ああいう人がタイプなんだな!」
 「違うよ!そんなんじゃ…」
 友達はニヤニヤして僕の話なんか全く聞いていないようだった。
 「というか、今日入学式なのになんでそんなこと知ってるんだよ。」
 「合格が決まった時から、SNSでこの高校に通う人とか、先輩と繋がってるからな。」
 と言いながらSNSの画面を開いて僕に見せつけてきた。そこで、僕は、自分が少し出遅れていたことに気づいた。
最近は、入学式がスタートじゃないのか、と思っていたら先生が扉を開けて入ってきた。
 入学式も無事に終わり、さっき友達になったばかりの奴らと、玄関へ向かった。式には参加していたが、まじまじと先輩たちと会うのは、今が初めてだった。僕は、一刻も早く帰りたかったが、またかわいい子ウォッチングが始まってしまった。今日友達になったばかりの奴らに帰りたいから帰るなんて、言い出せるわけもなく、僕は、また黙って友達がいう人達を目で追った。
 新入生じゃない人たちも目を向ける。二人組の先輩で、片方は、さっき階段で見かけた先輩だった。その時とは、大分印象が違くて、少し失礼かもしれないけど、友達といるときは、あんな顔して笑うんだな。なんて思っていた。
 僕は、その日から彼女を目で追うようになっていた。ここで勘違いしないでほしいんだけど、僕は、彼女のことなんて、好きじゃないからね。まだ。
 
 入学式から何日か経ち、部活が始まった。僕は、小学校の時からやっていたバスケ部に入った。学校はどうでもいいけど、バスケは好きだし、少しは楽しみになるかもしれないと思った。
 部活でも友達ができた。ある日、その友達に、部活サボって僕と行きたいところがあると言われた。サボるのは少し気が引けるが、その日は、体育館が使えない日で、筋トレだけだったので、一緒にサボることにした。
 僕は、友人の後ろについていった。そこは、三年生の教室だった。
 「お前、ここで何するんだよ。三年生の教室だぞ。」
 「ここのクラスの先輩と連絡とってて、今日ここで話すことになってるんだよ」
 「聞いてないよ。僕は帰る。」
 「いや、待てよ!」
 その時、扉が開いて出てきたのは、彼女といつも一緒にいる先輩だった。
 「なにやってんの?早く入りなよ。」
 最悪だ。逃げるタイミングを逃した。僕は、二人に続いて教室に入った。窓際の席には一人女の人が座っていた。
彼女だった。僕は、驚いて友達を見ると、何も言わずニコっと笑った。僕ら三人は彼女の周りに座った。
 どうやら、友達が連絡をとって、今日会う約束をしていたのは、扉を開けた先輩のようで、彼女とは、SNSですら関わったことがなさそうだった。自己紹介から始めるのかと思っていたが、そんなものは行わず、話は勝手に進んでいった。進んだといっても、知り合いの二人が話しているだけで、僕と彼女は全く話していない。
 「どうして今日はここへ来たんですか?」
 僕は、気を利かせたつもりで、彼女に尋ねてみた。彼女は、僕の目を見て困ったような顔をして、少し考えた後、話始めた。
 「帰るのめんどくさくて…?家に帰りたくなくて…?あんまりわかんないけど、暇つぶしにはなるかなって。」
 クールそうに見えて意外とバカっぽい…?天然?どっちなのかは分からないけど、初めて話した彼女の声は、透き通っていた。僕は二人が話している間、彼女が退屈しないように、会話を振り続けた。好きな食べ物は?嫌いな食べ物は?最寄りは?話を振るのは得意じゃないし、緊張もしていて、質問ばっかりしちゃていた気がする。最後のほうなんて、好きなラーメンの味なんか聞いちゃって、ダメダメだった。コミュ力が欲しかったなんて生まれて初めて思った。
 でも、彼女は、そんな僕の話を嫌な顔せずに聞いていてくれた。僕は、嬉しかった。今思うと、彼女も僕と同じくらい嬉しかったのかもしれない。
 あっという間に部活の終了時間になっていた。顧問の先生にばれる前に学校を出なければ怒られてしまうので、僕たちは退散することにした。さよならを告げ、友達と一緒に駅へ向かった。
 僕は自転車通学なんだけど、友達を駅まで送った。太陽沈みかかっていて、すべてのビルがオレンジへと変わっていた。
 「俺、先輩好きだわ。」
 いきなり友達がそう言った。僕は少し驚いたけど、
 「そっか。」
 とだけ言った。人を好きになれること。誰かが好きだと胸を張って言えること。とても素晴らしいことだと思った。なんでかわからないけど、そう思ったんだ。
 その日の夜、彼女からフォローされた。