──心が震えた。
あの出来事から、私が正しいと思った事をすれば、感謝をする人の後ろで表情を曇らせる人が目につくようになった。
いつの間にかその存在は大きくなり、感謝してくれる人よりも、後ろ指を指し私の心を踏み躙る人の顔色ばかりを伺っていた。
だけど、さっきのカフェで『ありがとう』と言ってくれた店長さん、本屋さんで友人達を止めた時に、優しく微笑んでくれた高校生、こんな私を認めてくれる人も、確かにいた。
理不尽につけられた深い傷のせいで、すっかり忘れていたんだ。
錘をつけられ、深い海の底に沈められたようにしにくかった呼吸が、一気に海上に引き上げられたかのように酸素を取り込む。はっきりとしなかった目の前の靄も、一気にはれた。
ついさっきまで、先輩の前でさえ選んで発していた言葉を、想いのまま吐き出す。
「私、もう、嫌なんです」
「うん」
「自分に嘘ばかりついて、誤魔化して、興味のないことに興味を持つふりをして、楽しくないことで笑って」
「うん」
「正しい事を、正しいって言える自分でありたいです」
「そうだね」
先輩の声はまるで魔法だ。優しくて、丁度いい声量で、相槌だけで私の本音をどんどん引き出す。
心の声が、どんどん大きくなる。



