そう、怖かった。


 一回心を決めて、小池くんに連れられるがまま足を踏み出したけど、このまま他人に自分の心を売り渡す様に高校生活を送らなきゃならないのか、カラオケの個室でこの男と二人きりになったら、と考えると、バカみたいに足がすくんだ。


 なんで先輩は分かるんだろう、私は上手く隠してるつもりなのに。いつも先輩は、優しく簡単に私の心に触れてしまう。



「ほら、もう平気だから。俺が来たからもう大丈夫」
「うぁっ……はいっ」
「ちょっと触られてこんな風になっちゃうのに、あんな奴をはじめての彼氏にしようとしてたの?」
「…………だって、そしたら、私もみんなと一緒なのかなって」
「奈胡も取っておきたいって言ってたし、俺も大切にとっておいてって言ったのになぁ」
「え、先輩?」



 ズビズビと鼻水と涙を垂らす私にティッシュを渡し、先輩は私の前髪をサラリと避ける。そして距離がゼロになり。


 ────チュッ



「……はっ」



 柔らかい唇が、私の額にくっ付いた。リップ音と共にすぐにそれは離れ、先輩はイタズラが成功した子供の様に微笑む。


 驚きのあまり顔を赤くして放心していると、先輩は私の目尻の涙を親指で拭った。



「泣き止んだ?」
「驚いてそれどころじゃないです」
「あはは、そっかそっか。まぁ今はそれでいいよ」
「……からかってます?」
「ううん。可愛くて大切な奈湖に泣き止んでほしくて」



 先輩は歯の浮く様なセリフを言ったあと、スッと立ち上がると、ベンチに座る私の前に膝をつき、目線を合わせた。


 そして、さっきと打って変わって、真剣な表情で私の瞳を覗き込む。薄くてキレイな形の唇が開き、先輩は言葉を発した。




「ねぇ奈湖、俺に奈湖のはじめてを全部ちょうだい」