────それなら、香坂先輩はずっと痛いことを無理やり忘れるしかない、苦しい日々に戻ってもいいのだろうか。
きっと、いや、絶対に苦しいはずだ。今よりもずっと苦しくなる。
抜け出したいのに、抜け出し方が分からないんだ。だから忘れるしかなかった。
「香坂先輩」
「……なんだよ」
「家のことは、絶対にお母さんに相談すべきです。知らないんですよね?」
「……あの男とくっ付くまで一人で俺を育ててくれてたんだ。言えねぇ」
「たった一人で、大切に先輩を育ててくれてたんですから、知りたいはずです。お母さんも」
「…………」
「例え傷付けてでも、相談しなきゃダメです。絶対に」
香坂先輩の瞳が揺らぐ。動揺している。
私は、地面に散らばった絆創膏と湿布を袋に入れ直し、香坂先輩に差し出す。
「みんな、変わりたいって気付いてしまったときは、とても苦しいんです。変わることって本当に、すごく苦しい。私だって、この前までそうでした」
「…………」
「けどなにより、自分が自分でいられないことが、一番苦しいんです」
「……お前も?」
香坂先輩は、私から再び袋を受け取った。その声はどこかか細い。
真夏のぬるい風が、私達の頬を撫でる。



