「素晴らしい毛並みだ。すらりとした首に小さく愛らしい頭……反して強靭な脚には計算されつくした美が凝縮されている。そう思わないか公爵」
「……は、あ」
「見たまえ! 僕をじっと見つめる大きな黒い双眸! 菱形のくちばし! 動くたび揺れる豊かな羽毛! どうか指先だけで構わん、触らせてくれ!」
「マクシム様ァ!! いけません、危険でございます!!」

 城門の前でわらわらと集まっていたのは、何と不運なことに第二王子派の皆さまでございました。きっと騒ぎを聞きつけて対応にいらしたのでしょうが、些か状況が混沌としておりますわね。
 今日は舞踏会でもないのに、相も変わらず真っ白な衣装を身に纏ったマクシム様を、ゲイル公爵が必死に羽交い絞めにしておられます。あれほど鬼気迫る表情は見たことがありませんが、それもそのはず。

 門前にいるの、鳥は鳥でもダチョウですもの。

「でかぁ……!! ちょっとヴァルト様! あんな危険生物がカルミネ様の相棒ですの!?」
「ああ。カルミネが言うには飼育出来る動物らしいが……興奮すると走り回って手が付けられん。前に来たときは兵士が蹴られてたな」
「全然躾けられてませんわね!?」

 私てっきり魔女の使い魔的な雰囲気でフクロウやカラスを想定していましたのに、空を飛ばぬ代わりに地上を駆け回る獰猛な鳥さんが来てしまいましたわ。
 そういえばドッザの荒野にはダチョウが多く棲息すると、どこかで聞いたことがありますけれど……クロムが困り果てていたのも頷けますわ。あの筋張った二本の脚で蹴られでもしたら、大怪我をしそうです。

「ローレント嬢、見ろ。ダチョウの首」

 ヴァルト様に促されて目を凝らしてみると、ダチョウの細長い首に可愛らしいリボンが括りつけられていました。
 そしてそこには見覚えのある小瓶が、きらきらと陽光を反射して輝いています。

「あっ……治療薬ですわ!」
「マクシムたちに気取られると厄介だ。ダチョウを誘き寄せるぞ」

 私はこくこくと頷きながらヴァルト様をその場に降ろしました。
 ここまで来て治療薬を第二王子派の者たちに奪われてしまったら、元に戻る機会が先延ばしになってしまいます。何とかしてダチョウをこちらに誘導したいところですが──。

「どうやって気を引くのです?」
「カルミネが口笛で呼んでいたはずだ、こうして……」

 ヴァルト様が指で輪っかを作り、それを口に咥えました。そのまま思い切り息を吹けば、朗々とした高い音が響き渡ります。まぁ凄い、私は普通に口笛を吹くだけでもカッスカスですから羨ましいですわ。

 そう思いながら城門を見遣ったときでした。
 それまでじっとマクシム様を見ていたダチョウが、突如としてその場で足踏みを始め、きょろきょろと口笛の出処を探しているではありませんか!

「あっご覧になってヴァルト様、ダチョウがこちらに──」

 私が喜色を露わにしたのも束の間、ダチョウが私たち目掛けて走り出し、飛び出した強靭な脚がマクシム様の鳩尾にクリーンヒットしてしまいました。

「どふぉあ!!」
「マクシム様ァー!!」

 ダチョウと白鳥はやはり相容れなかったのでしょうか、マクシム様は華麗に弧を描いてお吹っ飛びあそばされました。
 庭園の噴水に勢いよく突っ込んだマクシム様を無言で見届けた私の隣、口笛を吹いた本人はと言えば。

「しまった」
「軽いッ!! 今のは完全にヴァルト様のせいですわよ!? って」

 ハッと前を向けば、ダチョウが全速力でこちらへ向かってきていました。ま、待ってください、止まる気配が全くないのですけれど!?

「きゃー!?」

 咄嗟にヴァルト様を抱き上げて身を翻せば、すぐそばを突風のごとくダチョウが駆け抜けてしまいます。
 頬を引き攣らせる暇もなく、後方──王宮の廊下内からは壮絶な悲鳴と物が破壊される音が一斉に聞こえてきました。がしゃんがしゃんと遠ざかっていくダチョウの後ろ姿を、私は慌てて追いかけます。

「いやぁー! 止まりなさーい!! それ以上先に進んだらセイラム様が現実を受け止められずに昇天してしまいますわーっ!」

 つい先程通ったはずの廊下は一転して、まさに死屍累々の有様でございました。突如として現れたダチョウにメイドは掃除道具を投げ出し逃げ惑い、果敢にも立ち塞がった兵士は蹴り飛ばされるか飛び越えられてしまっています。

「ああ、どんどん人が倒れていきますわ……! や、やはり私が止めるしかありませんの……!? 世界の命運は私の双肩に……! ちょっと神殿で良い感じの啓示とか貰ってきた方がよろしいでしょうか……!!」
「落ち着け、相手は厄災じゃなくてダチョウだぞ」

 腕に抱きかかえたヴァルト様が冷静に宥めてくださったとき、ふと私の隣に誰かが追い付いてきました。
 この脚力に追いつける者など、そうそういらっしゃらないはずですが──と思いながら盗み見てみると、そこには今にも酸素不足で死にそうなお顔をした初老の紳士が全力で走っていました。

「は、ははは……げほっ、その口調、やはり元に、戻れて、いないようですな……ぜぇ、おえっ! はぁ、ごほ、……、ぐふ、ぜぇ、はぁ」
「全然喋れていませんわよゲイル公爵!!」
「寄る、年、波……!」

 息切れどころじゃありませんわ、このままご逝去なさる勢いです。にも関わらず私たちを嘲笑いたいのか、ゲイル公爵は必死に悪そうな笑みを浮かべていました。

「ごほっ、あの小瓶、呪術師のものですなぁ?」
「!」
「我らが先に、はぁ、頂いて、しまいましょうぞ……!」

 ゲイル公爵が苦しそうな声で仰ると、廊下の奥から大勢の騎士が現れました。
 あれは──第二王子に授けられた白鷹の騎士団ですわ! ずるいですわ、大勢でダチョウを取り囲んでやろうという魂胆ですのね!?

「対象を捕縛せよ!」
「ああ、そんな──!」