「お二人共、ご無事で何よりです。あの者らがあなたがたに怯えて喋ることも儘ならない点については、いろいろと想像がつくので言及はいたしませんが」
「はい、どうか聞かないでくださいまし」
「ローレント嬢が暴れたのか」
「聞かないでくださいまし!」

 私とヴァルト様、それからセイラム様は安全確認がてら、明かりを灯した談話室に集合しました。今現在も、蒼鷲の騎士団の方々が夜中にも関わらず王宮内を歩き回り、怪しい輩が他に侵入していないか丁寧に検めてくださっています。
 恐らく刺客は二名しかいないだろうとのことですが──私は少しばかり腹に据えかね、隣で堂々と足を組んでいるヴァルト様を見遣りました。

「ヴァルト様、これもやはり第二王子派の差し金なのでしょう?」
「そうだな」
「……彼らを罪に問うことは出来ないのですか? 亡き王妃殿下やヴァルト様を、これほど露骨に狙っていながら何故野放しに……」
「昔も今も、確たる証拠がない。どうせさっきの連中も、他国の(あぶ)れ者だろうしな」

 ヴァルト様曰く、悪質な罪を犯し居場所を失くした無法者に、ゲイル公爵を始めとした第二王子派が素性を隠して近付き、暗殺を依頼するのだそうです。
 もちろん成功報酬は弾むのでしょうから、雇われた無法者は依頼主を詮索せずに暗殺を決行してしまう──ヴァルト様がお一人で百人力を誇ることなど露知らず。可哀想に。いえそうではなくて。

 ともかく雇われた暗殺者は、皆ことごとく第二王子派の存在そのものを知りません。どれだけ尋問しても依頼主まで辿ることが叶わず、いつも気付けばうやむやにされている、ということでございました。

「うう……あ! ならば陛下は? 陛下は何も仰いませんの?」

 腹違いとは言え兄弟が──マクシム様が一方的に兄王子の命を狙っている状況を、陛下が看過するはずもございません。そう思って発言したのですが、ヴァルト様とセイラム様は静かにかぶりを振られました。

「……国王陛下には表立って仲裁に入らぬよう、こちらからお願い申し上げています」
「え……」
「第二王子派は過激な連中です。貴女も身をもって感じたでしょう、リシェル様」

 先程の刺客を思い浮かべつつ頷けば、セイラム様は溜息交じりに言葉を続けました。

「もしも国王陛下がヴァルト様の肩を持てば、ただでさえ折り合いがつかない第二王子派との溝を更に深くする。──最悪、国王陛下の御身も危険に晒されかねません」

 私は二の句を告げませんでした。
 と同時に、私が如何にお花畑な頭をしていたか痛感いたします。

 第二王子派にとって重要なのは、あくまで「マクシム様が次期国王になること」ですわ。そして、自らがマクシム様の側近として多大な権力を握ること──その目的には、陛下やヴァルト様が必ず生存している必要などないのです。
 いいえ、寧ろお二人とも始末してしまいたいぐらいなのでしょう。今は陛下に追従の姿勢を見せていても、ヴァルト様に肩入れなさるようなら国父と言えども容赦はしない、と。

「……父上も歳だ。昔のようには行かん」

 ヴァルト様の小さな呟きに、私は何を言うことも出来ず。
 ですが、このままではヴァルト様も陛下も、面従腹背の輩をずっと傍に感じながら日々を送らなければいけませんわ。もしかしたらヴァルト様は王太子になると同時に、彼らへ何かしらの対処をなさるつもりだったのかもしれませんけれど……。

「……だったら!」

 私はふんすと鼻を鳴らし、ソファから勢いよく立ち上がりました。うっかりローテーブルに足をぶつけましたが、もちろん負傷したのはテーブルの方です。

「ヴァルト様、無い証拠を搔き集めるよりも、第二王子派を別の罪で糾弾して、さっさと王宮の外だか地下に押しやってしまいましょう!」
「別の罪? 心当たりでもあるのか?」

 そこで私はヴァルト様を──いえ、リシェル=ローレントを指差しました。
 怪訝なお顔をされたヴァルト様に微笑み、私は大きく胸を張り告げます。

「私、舞踏会でゲイル公爵と愉快な共犯者(なかま)たちのお顔も覚えましてよ。誰がどの家の者か、資産がどれほどか、王家に内緒でどんなお仕事をしているのか……リシェルの夜会ノートには全部記されていましてよ!」

 ──ぼんやりとですけれどね!

「ほう。……つまり、こちらから仕掛けろと」

 ヴァルト様は顰めた眉をそのままに、されど口角を上げて笑いました。いつも思いますけど、私の顔でもそんな不敵な表情が出来ますのね。

「ええ。やられっぱなしでは相手を付け上がらせるだけですもの。それに、失礼ながらヴァルト様は少し真面目……いいえ、優しすぎますわ」

 ヴァルト様が何故、今まで第二王子派と正面から戦おうとしなかったのか。あのとんでもない白鳥王子と対面したときから、うっすらと予想は付いていました。
 勿論それは私の憶測で、単なる想像でしかありませんから、はっきりと言葉にすることは憚られますけれど。
 その代わり、虚を衝かれたようなお顔で呆けているヴァルト様に、私は毅然と申し上げました。

「ですからヴァルト様、私をお使いくださいませ。あなたの助けになれると思いますの。いいえ、きっとなってみせますわ」

 ──私の武器は顔じゃない。誰にも見向きされず、使いどころもイマイチ分からず、ノートにまとめるだけだった大量の情報です。

 もはや伯爵令嬢だから、女だからと、尻込みしている場合ではありません。ヴァルト様が無事に元のお体へ戻り、何の憂いもなく立太子の儀を迎えるためにも、今こそ立ち向かうときですわ!

「……最近、よく思うが」

 少しの沈黙を経て、ヴァルト様が小さく口を開きました。

「エゼルバートは大損をしたな」
「損?」
「いや」

 何故ここでアランデル様が出てくるのでしょう。意味が分からずに首を傾げたのも束の間、ヴァルト様はすぐにソファから腰を上げてしまいました。

「お前の言う通りだ。ゲイル公らには好きにさせ過ぎた。この辺りで動かねば、俺を慕ってくれる者たちにも示しがつかん」

 ちらりと視線を向けた先には、もちろん側近であるセイラム様がいらっしゃいます。ヴァルト様の頭には彼の他にも、蒼鷲の騎士団の皆さまや臣下の方々が浮かんでいることでしょう。

「マクシムには悪いが……この際だ、徹底的にやろう。ローレント嬢、力を貸してくれるか」

 差し出された右手。
 それは庇護すべき淑女へ向けるものではなく、対等な同志へ向ける握手でございました。