本堂は電車に乗って、十数年ぶりに地元へ帰って来た。

 都内に比べると建物も古く、コンビニも車で行かないと近くにはないようなそんな場所だ。

 生家は都内からかなり離れた場所にあった。それでも電車で二時間ほどだから、帰れない距離ではない。

 駅に降りると懐かしい空気を感じた。思わず昔に戻った気分になった。

 駅のすぐ近くにあった馴染みの駄菓子屋は、今はもう潰れていた。おばあさんがやっているような古い家屋の駄菓子屋は、今は新しく建物が建ってクリーニング屋になっていた。

 ここを離れてからもう十年以上経っているのだから、町が様変わりしていても仕方ない。

 だが、全てが変わったわけではなかった。以前に比べれば多少は整備されたようだが、それでも電車は普通しか停まらないし、バスなんて一時間に二本しか来ない。すっかり忘れていた。

 あれから本堂は自分の部屋を引き払い、ホテルを転々としながら過ごした。自宅に会社の人間が来ることはわかっていた。それを避けるためだった。

 復讐を終わらせるまでは帰らないと、そう決めていたはずなのに────。

 久しぶりにここを訪れたのは、今日が特別な日だからだ。

 本堂は駅の近くにあった寂れたスーパーで、パック売りの花を買った。それが入った袋を下げて、緩やかな上り坂を歩いた。

 墓石が立ち並ぶそこは、小さい頃からずっとあった場所だ。

 手入れも整備もされていない集合墓地で、無縁仏も少なくない。花が飾られている墓石はほとんどない。

 荒れ果てた墓石の間を通り、そこへ向かった。

「本堂家之墓」と書かれたそこには、花が供えられた跡があり、他の墓石よりも若干綺麗だ。

 墓石の上には生前、故人が好きだったメーカーの缶コーヒーが置かれている。きっと、置いたのは母だろう。本堂は買ってきた花を筒に入れて、手を合わせた。

 復讐を果たしていないのにどうしてここへ来てしまったのだろう。もしかしたら、亡くなった父に聞いてほしかったのかもしれない。
 
 自分の矛盾のことを、憎くて愛しい彼女のことを────。

「……親父、俺は間違ってたのか……?」

 本堂はそこに眠る父親に尋ねた。

 父のことを知った時、ただただ許せなくて、なにがなんでも藤宮を潰したいと思った。それが自分の生きがいで、目的になった。

「なのに、俺は聖を好きになった……聖は、藤宮なのに。親父を殺した藤宮なのにな……」

 許してはならないのに、愛しさは募る。聖の名前を呼ぶ度に会いたくなる。

 彼女をどこかに連れ去ってしまいたい。忘れたくても出来ない。

 そうやって自覚してしまった気持ちは、じりじりと胸を焦がしていくだけだった。

 誰かのものになった聖なんて、見たくなかったのだ。出来るなら自分だって聖を抱きしめたい。だが、父親のことを考えたら出来なかった。

 だから聖の元から去った。これ以上彼女を傷つけたくなかった。これ以上罪に苛まれたくなかった。

「聖を傷付けられないんだ……。ごめん……俺には出来なかった……」

 たとえ聖が憎い藤宮の娘だとしても、自分には出来ない。

 天秤にかけれない思いが葛藤して、彼女に触れようとするその手を止めた。行くなと、言えなかった。

 聖は最後まで自分を守っていたのに、自分は逃げたのだ。弱いから、復讐に負けた。

 本堂は墓石の前で項垂れ、情けない自分を責めた。

(はじめ)?」

 突然自分の名前呼ばれて、ハッと顔を上げた。あたりをキョロキョロと見回すと、そこには懐かしい人物の姿があった。

「一……?」

 その人物はもう一度自分の名を呼んだ。

「母さん……?」

 十数年ぶりに会う母、麗花は少し痩せていた。

 麗花は驚いた様子で本堂を見ていた。まさかここにいると思わなかったのだろう。長いこと会いに来ない息子を心配していたに違いない。

 顔のシワや髪の艶など、歳をとったと感じる風貌になって、その年月を改めて感じた。

「久しぶりね。本当にあなたは、連絡もよこさないで……」

 麗花は少し怒ったように本堂を小突いた。

「悪かった」

「いいわ、ちょうどお父さんに会いにきたんだし。報告しましょう」

 麗花は墓石の前まで来ると、持ってきた花を同じ筒に入れて缶コーヒーを置いた。祈るように手を数秒合わせた。

「お父さん、一がやっと帰ってきてくれましたよ」

 嬉しそうな表情をしていたが、少し涙声だった。

 やがて立ち上がると、汚くなった墓石を掃除し始めた。

「元気にしてるの?」

「……ああ」

「そう、それならいいの。今は母さんも経営から退いてね、従業員の人にほとんど任せてるのよ。頼りになる若い人が入って来てくれたから……」

「そうか、よかったな」

「一は、今は何をしてるの?」

 本堂は言葉に詰まった。

 麗花は知らない。自分が復讐のために家を出たことも、今まで何をしていたかも。きっと普通に就職して、仕事をしていると思っているに違いない。

 本当のことを告げたら、責任感の強い麗花が黙っていないことはわかっていた。

「どうしたの?」

「母さん、俺は………」

 父には報告した。同じことを麗花にも言えるだろうか。復讐のために、何年も家族を置き去りにしたのだ。

「一、何かあったの? そんな悲しそうな顔して……」

 黙っていると、見かねた麗花が尋ねた。

「俺は、今まで────」

 本堂は意を決して、それを口にした。

 おそらく麗花は許さないであろう、その事実を。

「────藤宮の会社にいたんだ」