この日聖は正義に呼び出され、久しぶりに社長室を訪れた。

 社長室には、正義の他に白鳥がいた。

 だが、二人を見てげんなりする元気すらなく、いつもの笑顔を貼り付けて挨拶した。

「こんにちは、白鳥さん。お父様、何かご用ですか」

「ああ、最近お前が元気がないようだからな、白鳥君に来てもらったんだ。二人でどこか出かけて来なさい」

 またこの人は余計なことをする────溜息を飲み込んで、聖はまたにっこりと笑った。

「……お気遣いありがとうございます」

 白鳥(こんな男)と出掛けるなんて、それこそなけなしの元気が底を尽きてしまう。だとしても断ることなんて出来なくて、承諾するしかなかった。

「僕の所有してる船があってね。よかったらクルージングでも楽しまないかい?」

 ええ、と返事しながら退屈極まりないであろうその船旅に思いを馳せた。

 想像しなくても分かる。白鳥の自慢話が延々と続く中で、薄汚れた太平洋を見ながらディナーなんて面白くもなんともないに決まっている。

 クルージングなんて小さな頃から何度も招待されたが、面白いと感じたことなんて一度もない。だから今更白鳥と行ったところで面白くなるはずもないし、白鳥がいれば面白いものも面白くなくなる。

「最近仕事づくめで疲れているだろう。今日はゆっくりしてきなさい」

「……はい」

 これは業務命令だと言い聞かせ、我慢することにした。

 仕方なしに俊介にそのことを伝え、急遽夕方からの仕事を振った。こうして白鳥と会うたび、何度部下が悲鳴をあげるのだろう。

 白鳥が待つエントランスに行くと、彼はまるでモデルのようなポーズで立っていた。

 褒めているのではない。呆れているのだ。社員にジロジロ見られているのが気にならないのだろうか。

 社員でなくとも聖だって白鳥の格好は気になる。白鳥はいつも派手な色のカラースーツを着ていた。彼はどうやらそのスーツのブランドがお気に入りらしい。

 海外ブランドだから色が派手なのだろうか。これでクルージングなんか行ったら目立って仕方ない。会社にいても、黒やグレーのスーツを着た社員の中で白鳥は思いきり浮いていた。

「聖さん、行きましょうか」

 白い歯を見せて白鳥は笑う。

 そのスーツと同じ色のランボルギーニに乗り込むと、聖がシートベルトをする前にアクセルを踏んだ。

 早速、聖は帰りたくなった。スピードをかなり出しているせいか周りの景色なんて全く見えないし、運転が乱暴だ。普段俊介の丁寧な運転に慣れているせいか余計にそう思った。

 聞いてもいない愛車の説明をしてくるあたり相当車が好きなのだろうが、こんなに乗り心地が悪いとまるで理解できない。

 以前、何かの記事で「車好きな男性は見栄っ張りで、こだわりが多い」と書いてあったのを見た気がする。まさに白鳥のことだ、と思った。

 好きなもので埋め尽くされた白鳥の趣味は自分とは真逆だ。

 小さい頃から甘やかされてきたのだろう。好きなものを買い与えられて、誰もが彼の言うことをなんでもハイハイと聞いていたに違いない。制限ばかり受けて好きなことなんて何も出来なかった自分とは大違いだ。

 白鳥の話を聞いていると、聖はただただ腹立たしかった。