小田が振り返るよりも早く、会議室に入って来た人物によって小田の体は後ろへと吹き飛んだ。

「っ……痛った」

 スーツの襟足部分を掴まれ床へと吹き飛ばされた小田が顔を歪めながら、自分を吹き飛ばした人物に睨みつける。

「あんた、何するんだよ」

「それはこちらのセリフだ。俺の妻に何をしている?」

 小田は「くッ」と面白そうに笑うとゆっくりと立ち上がり蒼士を見た。

「ちょっとキスしたぐらいで大袈裟ですね」

「ぐっ……貴様ッ」

 蒼士が小田の胸ぐらを掴み殴ろうとした。しかし沙菜が蒼士の右腕を抱きしめるようにしてそれを制止する。

「蒼士さんダメです。相手はクライアントさんです」

 沙菜の消えそうな小さな声が蒼士の耳に届く。今にも泣き出しそうな震える声が……。

 蒼士は乱暴に小田を掴んでいた胸ぐらを離した。

 そこへ騒ぎを聞きつけた社員達が集まりだす。その中には小田の上司でもある佐々木さんや、クライアントさん達も含まれていた。

「小田くんこれはどういうことかね。よその会社で騒ぎを起こすとは……。次に騒ぎを起こしたときはこの件から外れてもらうと話したばかりだったのを忘れたとは言わせないよ」

「……」

「小田くん……今日はこのまま帰りなさい。少し頭を冷やすんだ」

 小田はペコリと頭を下げるとそのまま会議室を出ていった。

「相原部長、土屋さん、うちの部下が大変申し訳ありませんでした。今後、このようなことがないようよく言って聞かせますので、何とぞご容赦ください」

 頭を下げる佐々木さんと部下の方々に沙菜は首を縦に振ったのだった。



 本日はこの騒ぎで会議も中止になった。

 無理もない、あんなことがあっては会議に誰も集中できないだろう。それに会議の進行役の蒼士がブチ切れているのだ、この雰囲気のまま会議など行えるはずがない。

 誰もいなくなった会議室で沙菜は蒼士は会議用の椅子に座っていた。

「「……」」

 蒼士さんにキスしているところを見られちゃったよね……。

 我慢していた涙がジワリと集まりだし瞳を揺らす。

「沙菜……すまない」

 どうして……。

 なんで、蒼士が謝るの?

 蒼士さん……。

 嫌いにならないで……瞳に留めることのできなくなった涙が溢れ出す。