樹が追いかけてこないことを願いつつ階段へと向かう紗菜。

 いままで都合のいい女でいたせいか、それが体に染みついていて悪口の一つも言えない。悔しさで唇を噛みしめ、階段を上ろうとしていた所で誰かに腕を掴まれてしまった。

 驚いた沙菜が後ろを振り返ると沙菜の腕を掴んでいたのは樹だった。

「沙菜待てよ!!」

 沙菜は掴まれている腕を振り払おうとしたが振りほどくことが出来ず、腕を振りほどくことは諦め樹を睨みつけた。しかし樹はあろうことかそのまま沙菜を抱きしめてきた。

 やっ……何?なんなの?

「ちょっと離して何のつもり?」

 沙菜の言葉に沙菜を抱きしめている両腕が更にギュッと強くなる。

「何のつもりって……沙菜、綺麗になったね」

 はあ?何を言っているの?言葉が通じないの?

 私は何のつもりだと聞いたはずだが返ってきた答えが「綺麗になったね」って意味がわからない。困惑している沙菜に樹は嬉しそうに微笑んでいる。

「俺のために綺麗になってくれたんだろう?」

 はあ?はあ?はあーー?

 誰がお前のためだ?こっぴどく振っておいて何を言っているの?

 確かにお前の為と言えばあながち間違っていないのかもしれない……しかしそれは甘い言葉の意味では無い。お前に一泡吹かせてやるためだ。

 固まったまま動くことの出来ない沙菜の髪を樹が一房取るとそれを口元へと持って行きキスをしている。

 ひっ!!

 沙菜の体にぞわりとした寒気が襲う。

 樹と密着した体を少しでも離そうと両手で胸元を押してみるが離れることが出来ない。そんな沙菜の唇に樹はそっと触れると、顔を近づけてきた。

 うそ……キスしようとしている?

 あと数センチで唇が触れるというころで、グイッと誰かに引き寄せられ沙菜の視界が真っ暗になった。

 えっ……。

 そこで声を上げたのは沙菜ではなく樹だった。

「うわっ、何するんだよ」

「お前こそ、そこで何をやっている?」

 沙菜はその声を聞き顔を上げると蒼士に抱きしめられていた。背の高い蒼士の胸に抱きしめられたため視界が真っ暗になってしまったのだと沙菜は理解した。

 蒼士さん……。

 助けに来てくれた。

 沙菜は蒼士の胸にしがみついていた。