「いひゃい〜!」

そんな私を見て眉尻を下げ、目を細めて緩く口角を上げるイチさんを、ああ、すごく好きだな、と思う。

柳 壱(ヤナギイチ)さん。
あの日から、ほぼ毎日ベランダで他愛のない話をするようになった、私のお隣さん。

彼をイチさん、そう呼ぶようになったのはいつからだったか。
小夏、と、あの耳触りの良いテノールボイスで名前を呼ばれるのが心地よくなったのも、いつからだったか。

ほんと、簡単に触れないでもらいたい。
その度に私の心臓が反応することを、イチさんは知らない。


私はこの1年近く"お隣さん"という枠を越えることが出来ずにいて、この薄いように見えるたった1枚の壁は、思ったよりもずっと厚いらしいということを思い知らされているーー。