私は、少し(うつむ)いて照れながら、左手の人差し指の爪を軽く()む。

「ねぇ、お兄ちゃん、今日は、若菜、お兄ちゃんの恋人なんだよね?」

 お兄ちゃんは、右手で頭の後ろの方を()きながら、私にお願いする。

「あ、ああ、申し訳ないけど、それで頼むよ……」

 お兄ちゃんの左手を両手でそっと握りながら、こう聞いた。

「じゃあ、恋人同士の練習しておかなきゃいけないよね?」
「恋人同士の練習? それはいらないんじゃないか……?」

「だって、練習しておかなきゃ、若菜、分かんないもん」

 そう言いながら、お兄ちゃんの手を左右にぶらぶらと振り甘える。

「その場で、俺に寄り添っていてくれるだけでいいよ」
「でも、妹だって、バレちゃったら大変だよ」

「だ、大丈夫でしょ……? そんなの……」
「大丈夫じゃないよぉ~。若菜、練習しておきたい~。だって、お兄ちゃんのことまず何て呼んだらいいの~?」

 そう言うと、お兄ちゃんに更に近づき、正座からペタッと女の子座りをする。

「あ~、そうだなぁ~。龍之介とか、龍之介くんとかでいいんじゃないか……?」
「そんなの普通過ぎるよぉ~」

 私はほっぺを膨らませ、不服そうに口を尖らせる。

「じゃあ、何て呼ぶ?」
「う~ん、そうねぇ~。龍くんとか、龍ちゃんとか……。あっ、そうだ! かわいい名前がいいから、『龍ぴょん(・・・・)』でいい?」

「龍ぴょん!? そ、それは、かわいさブッ飛び過ぎてないかぁ~!?」
「いいじゃん! 今日は、お兄ちゃんは、『龍ぴょん』ね!」

 そう言いながら、お兄ちゃんの顔、15cmまで顔を近づける。
 お兄ちゃんは、両手を胸の前でパーの手で広げ、少し体を後ろへ仰け反りながら、渋々こう言う。

「ああ、まあ~、俺が若菜に頼んだことだから、別にいいけど……」
「じゃあ、『龍ぴょん』、これから東京観光デートに行こ!」
「な、なんか違和感あるけど、まあいいか! よし、行こう!」

 お兄ちゃんは私の甘えた『おねだり攻撃』に屈した。

 でも、それを許してくれたのは、お兄ちゃんがとってもやさしいから。
 やさし過ぎる性格からだと思う。


 私たちは、そんなこんなで、お兄ちゃんと一緒に恋人練習を兼ねて、東京観光デートへと出掛けた。

 『龍ぴょん』と『若菜』として……。