一通り出ているものを片付けると、お兄ちゃんは私が手に持っているものに気付いた。

「あれっ? 若菜、そのキャリーケースは?」
「あっ、これ着替えとか、洗面用具とか入ってる」
「えっ? 着替えるの?」
「そうだよ」

 お兄ちゃんは、この荷物にちょっと驚いている様子。

「そ、そうだよな……。暑かったもんな……。ちょっと狭いけど、その辺に座ってて……」
「うん」

 お兄ちゃんの部屋は、私が想像していたものとは少し違っていた。
 玄関の靴は、実家にいたように、きちんと揃っておらず、バラバラ。
 部屋の中もさっきまで、ゴミや洗濯物などが散乱していた。

 でも、この部屋に入った時、懐かしいお兄ちゃんの香りがした……。
 私の大好きなお兄ちゃんの匂い……。
 ちっちゃい頃から、ずっと大好きなこの匂い……。

 部屋の真ん中にある小さなテーブルの前に座りながら、久しぶりに、お兄ちゃんの近くで深呼吸してみる。
 目の前には、いつもお兄ちゃんがそこで寝ているであろうシングルサイズのベッドがある。

 私は今日、このベッドでお兄ちゃんと一緒に寝るのかもしれない……。
 そんなことを考えたら、益々胸がドキドキしてきた……。

 夏の日差しの中、キャリーケースを持ってここまで来たせいもあるが、このお兄ちゃんとのふたりきりの状況に、私の着ているフリル付きのオフホワイトのワンピースも汗で少ししっとりとしている。
 額や首筋も少し汗ばんでいる。

 すると、お兄ちゃんがそれに気付いて台所へ行き、小さな冷蔵庫を開けながら私に聞く。

「若菜、オレンジジュースでも飲む?」
「う、うん、飲む……」

 日差しの差し込む部屋の一番奥の方へ目をやると、半分開けてある窓から、夏の爽やかなやさしい風が吹き込み、レース柄のモスグリーンのカーテンをふわふわと揺らしていた。
 窓の外ではニイニイゼミが、私を歓迎するかのように鳴いている。

 お兄ちゃんには、まだ言っていない。


 私が1ヶ月、ここに泊まるっていうことを……。