そんなお兄ちゃんが、電話で突然こんなことを頼んできた。

「えっ? 若菜にお兄ちゃんの『彼女の代わり(・・・・・・)』になってほしいって! そ、それって、どういうこと?」
『ほんとゴメン! もう若菜しか頼む人がいなくて……。若菜、もう夏休みだよね?』

「えっ? う、うん、夏休みだけど……」
『電車賃ならお兄ちゃんが出すから、明日、東京へ来れない?』

「明日……?」
『ああ、急で悪いんだけど、明日来れないかな?』

 それは、思いもよらない、まさか、まさかのお兄ちゃんからのお誘いだった。

「う、うん……。いいよ……」

(やったぁーっ! お兄ちゃんと久しぶりに会える……)

『ありがとう、若菜! 助かるよ。さすが、俺の妹!』

 4ヶ月、お兄ちゃんに会えなくて、ずっと淋しかった。
 毎日、夜になるとベッドの中でいつも泣いていた……。

 それが、お兄ちゃんから私に『彼女の代わり』になって欲しいと言ってくれたんだ。
 そのことが、とても嬉しい。

 それでも、この思いを悟られないように、私はこうお兄ちゃんに言った。

「あっ、お兄ちゃん。私からもお願いがあるんだけど、いい……?」
『ああ、いいよ! 何でも聞くよ!』

「夏休みの宿題があるんだけど、そっちへ行ったら教えてもらってもいい……?」
『ああ、いいよ! そんなことなら、何でも教えてやるよ!』

「ああー、良かったぁーっ! じゃあ、明日、お兄ちゃんのところへ行くね!」
『ああ、若菜、ありがとう』

 私は思いがけず、お兄ちゃんのところへ行くことになった。
 しかも、何故かお兄ちゃんの『彼女』として。

 お兄ちゃんは、背が高くてかっこ良かったから、中学・高校とすごく女の子にもてていた。
 でも、スポーツと勉学に励んでいたこともあり、多分、彼女は作らなかったと思う。
 だから余計に、そんなお兄ちゃんに私は惹かれてしまったんだ。

 予想通りといえば、そうなんだけど。
 やっぱり、東京へ行っても、モテモテみたいで、その女の子たちからの誘いを断るために、私が呼び出されたって訳。
 それでも、お兄ちゃんのそんなお願いが、私にはとっても嬉しかった。

 その日の夜は、ふとんに入ってからも、明日のお兄ちゃんとのことで、胸がドキドキしてなかなか眠れなかった。

 窓の外からは、やさしい虫の音が、明日のお兄ちゃんと私の久しぶりの再会を歓迎するかのように、温かく歌う音楽のようにいつまでも聞こえていた。