『何、急にキレてんの?』
「透也が帰る、って約束を曖昧にするからだよ」
『あー、やっぱり暖乃はおれに帰ってほしいんだ?』
片眉を下げた透也の表情に、少し怯みそうになる。だけど、ここで引いてしまって、また話を曖昧なままに終わらせたくはなかった。
「そうやって、私が引かざるを得ない言い方をするのはやめてよ。デートした日の夜、透也も言ってたでしょ? 実体のない自分には限界があるって。透也のことは今も大好きだよ。だけど私は一貴さんと結婚するし、ここに透也がいるのは現実的ではないんだよ」
『わかってるよ。おれだって帰ろうとしたけど――』
「わかってないよ!」
捲したてるようにそう言ったとき、寝室の外で物音がして、ドアが開いた。
「暖乃?」
お風呂からあがってきた一貴さんが、ベッドに向き合って立っている私を見て不思議そうに目を瞬く。
「暖乃が誰かに怒ってる声が聞こえたような気がしたんだけど、気のせいだったのかな」
後ろ手にドアを閉めた一貴さんが、呑気にほわほわっと笑う。
一貴さんがいつ寝室に入ってくるかもわからないのに、不用心だった。



