『暖乃?』

一貴さんとの通話を終えたスマホをぼんやりと見つめていると、背中から声をかけられた。

いつからそこにいたのか、ベランダに出ていたはずの透也が寝室のドアの前にゆらりと立っている。


『今の電話、千堂?』

そんなふうに訊いてくるということはきっと、随分と前からそこに立っていたのだろう。


『鍵の受け取りって、あいつと住む家のだよな。やっぱり、おれとデートしてもあいつとの結婚の意志は変わんないんだ?』

何も答えない私に、透也が低く静かな声で問いかけてくる。


『結構揺さぶったつもりだったのに。暖乃って一度決めたら頑固だよな』

不機嫌そうに片眉を下げて負け惜しみみたいに唇を歪めた透也が、哀しそうに私を見つめる。憂いを帯びた透也の表情が、私の胸をチクリと刺した。

決して悟られるわけにはいかないけれど、透也とのデートで私の気持ちは十分揺れていた。

あんなふうにデートして、昔と変わらない空気で笑い合って、透也のことを近くに感じて。心が揺れないわけがない。

でも、どれだけ好きでも、心が揺れても、透也はやっぱりユーレイだから。いつ突然消えてしまうかもわからない透也と、ずっと夢を見てはいられない。

一貴さんとの現実を捨てられない。

少しでも背中を押されたら、簡単に溢れ出してしまいそうな透也に対する本音。それを隠して、ぎゅっと唇を噛み締める。