「だって、これじゃ浮気だ」
一貴さんの名前が浮かぶスマホを握りしめて泣きそうになっていると、透也が私の手をいっそう強く握りしめてきた。
それはやっぱり視覚的なものなはずなのに、手の甲の上の空気が急にぐっと冷えて、透也に引き留められているような心地になる。
『もともと、暖乃の本気はおれだろ。デートのあいだは、おれのことだけ考えてろよ』
ふわっと身を乗り出してきた透也が、強引に唇を塞いでくる。
唇に触れたのはほんの少し冷たい空気だけだったけれど、私の気持ちを攫うには十分だった。
テーブルの上のスマホの振動が止まる。
着信のあとに入ってきた「また電話する」という短いメッセージに、チクリと胸が痛んだ。
一貴さんの顔を思い浮かべたら罪悪感や申し訳なさでいっぱいになるのに、感覚すらない透也のキスに心を奪われてしまう私はずるくて薄情だ。



