「一貴さん……」
歩き去ろうとする一貴さんの手を衝動的につかんで引き止めると、振り向いた彼が首を傾げた。
「暖乃?」
縋るように見上げた私を一貴さんが心配そうに見つめる。
「どうしたの?」
優しく訊ねられて、ほんの一瞬、一貴さんに迷いを打ち明けてみようかという気持ちになった。
でも、私との結婚や新生活を楽しみにしてくれている一貴さんに、透也が視えるようになったことや彼の出現で心が揺れているなんて、とても話せない。
もし話したところで信じてもらえるかどうかもわからないし、一貴さんを困惑させてしまうだけだろう。
透也が視えるようになったことも、彼への想いも一貴さんには秘密にしておかなくては。
「暖乃?」
一貴さんの手を握りしめたまま黙り込んでいると、一貴さんが私に顔を近付けてきた。
「暖乃、大丈夫?」
「大丈夫です。深い意味はないんですけど、なんとなく、一貴さんを引き止めたい気持ちになっちゃって。すぐ帰る用意しますね」
ふふっと曖昧に笑って一貴さんの手を離すと、彼が何の前触れもなく私の唇にキスを落とした。



