「いえ、何も。それより、資料の内容はどうですか?」
「うん、問題ないと思う。データもわかりやすいよ。竹下さんに資料添付しといてくれる」
「わかりました」
さりげなく仕事のことに話題を移すと、一貴さんが優しく微笑んでくれた。
「そうだ。仕事中は忙しくてゆっくり話す暇がなかったけど、昨日見た家に決めたいっていうことを不動産屋の担当者と話したよ。このまま契約を進めてもらうつもりだけど、大丈夫かな? 一応、暖乃にも最終確認」
一貴さんに軽く念押しされて、哀しそうな目をした透也の顔がふと脳裏を過った。
もし透也がここにいれば『このタイミングで断れ。婚約は解消しろ!』と憤怒するのだろうけど。
昨夜の内覧中は、私のそばでずっと騒ぎ立てていたり透也の気配が、今はどこにも感じられない。
私が透也に曖昧な態度をとったまま一貴さんを選ぼうとしているから、怒って消えてしまったのかな。
「家のこと、もちろん大丈夫です」
透也の顔を振り払うようにして笑顔を作ると、一貴さんが嬉しそうに頬を緩めた。



