「最近忙しそうですもんね。無理しないでください」
代わりに気遣うような言葉をかけると、一貴さんが嬉しそうに頬を緩めた。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。これから暖乃との生活を始めようって言うときに、倒れてる場合じゃないからね」
一貴さんが甘い声でそう言って、私の肩を抱き寄せる。
顔をあげた私の額に一貴さんがちゅっと軽く口付けたとき、ふと横顔に視線を感じた。
「一貴さん、私はそろそろ仕事に戻りますね」
「あぁ、うん。引き止めてごめんね。また、あとで」
優しく笑いかけてくる一貴さんに微笑み返すと、今度はゾクリと悪寒がする。
嫌な気配を感じながら副社長室を出た私の背中に、やけに冷たい空気がひやりと纏わりついてきた。
もしかして……。秘書室に向かう足を止めて振り向いた私は、すぐ真後ろにいる人を見つめて呆然となった。
『おれが見てるって知ってて千堂といちゃつくとか、ほんといい度胸してるよな』
不思議な現象というものは、ある日突然に起きるものらしい。
私にはこれまで霊感なんてなかったし、ユーレイなんてものを見たこともなかったのに。
「透也……」
私には今、片眉を下げて不機嫌そうな顔で宙に浮く、亡くなった恋人の姿が視えていた。



