「暖乃? 俺、今どうしてた?」
「一貴さん、ですか?」
私が確かめるように訊ねると、一貴さんが支えていた私の手をそっと離した。
「ごめん。俺、暖乃に何かしたかな?」
額を押さえて不安そうに私を見つめる一貴さんの口調は、いつもの彼のものだ。そこに透也の気配なんて一ミリもない。
いったいどうなっているんだろう。
さっきまで一貴さんのなかに、間違いなく透也の気配を感じたのに。
私の知る限り一貴さんは二重人格ではないはずだし、生前同じ会社に在籍していた透也と面識はあるものの、演技でなりきれるほど透也と親しくはなかった。
それに、一貴さんは私が週末に透也の実家に挨拶に行ったことも知らないはずなのだ。
私が今も年に数回ほど透也の実家に足を運んでることは、一貴さんには報告していない。
だから、あれはやっぱり……。
「一貴さんがちょっとフラつかれたので、支えただけです」
「そうか、ごめんね。疲れてるのかな」
首を傾げて苦笑いする一貴さんに、私も曖昧に笑い返す。
一瞬前の記憶が曖昧になっているらしい一貴さんに「私の元恋人が一瞬あなたに憑いていたかもしれません」なんて、言えるわけがない。



