「お待ちください、大殿。大殿の大事な帰蝶さまを、織田ごときの息子にくれてやる必要などございません」


 当然重臣たちも大反対だ。


 帰蝶は私の妹であるが、母は正室・小見の方であるので異母妹である。


 正室から生まれた長女であるため、言い方は悪いが政略結婚の駒としては最上級なのだ。


 その「最上級の駒」の使い方には、最大限の注意を払わねばならない。


 織田家は現在、信秀の勢力が強く一族の代表的地位にあるけれど、多岐に枝分かれした織田家の分家の一つに過ぎない。


 勢力が衰えたとはいえ織田本家、その他数多くの分家が乱立する中で、信秀が今後も一番手で居続けられるとは限らない。


 「そんな不安定な尾張に、帰蝶さまを嫁がされるなど、危険すぎると思われます」


 重臣たちは重ねて反対意見を述べた。


 今でこそ信秀が力を持っているけれど、いつまでも生きているわけではない。


 息子信長の代になって、他の分家との争いが激化して命を落とすようなことがあれば、帰蝶の身にも危険が迫ることとなる。


 政略結婚の最上級の駒を、みすみす失ってしまうようなことだけは、絶対に避けなければならない。


 「いや。だからこそ、だ」


 父は鋭い目を向ける。


 「織田家は確かに不安定だ。だがその混乱の中で生き残ることができれば、尾張の地を全て手にすることができる。そしてもしかすると、豊かな尾張は全てこの斎藤家に転がり込むかもしれない」


 父はその可能性に賭けたいようだ。


 重臣たちの慎重論や反対の声を押し切って、織田との婚姻話に取り掛かり始めた。