暁のオイディプス

 「有明は、私と共に生きるのは嫌か?」


 「そういう意味ではない」


 有明は私の元を離れ、窓辺に立った。


 雨がやんでから、またしばらくの時間が流れていた。


 夕暮れはゆっくりと夜へと向かって進み、日の光はすでに西の空にうっすらと残っているだけだった。


 雨上がりを待っていたかのように、草むらでは虫たちが歌い始めている。


 「もしかしたら私たちは、あのような名もなき虫に生まれていたのかもしれない。せっかく斎藤家の嫡男という、何もかもが思うがままの生を得たというのに、それをみすみす捨て去るのは勿体なさすぎる。生まれながらに手にしたその地位を、利用しない手はないのではないか」


 「だからそれは、あまりに不自由すぎて」


 「虫でなくとも人間でも、名もなき町人や農民に生まれ、日々税の取り立てや戦乱に怯えて暮らすような自分では何もできない立場よりも、美濃一国を自由に操れる立場。そんな立場に生まれてきたのだから、この上ない幸運ではないか」


 そんなふうに考えたことはなかったかもしれない。


 ただ自由がほしいだとか、何も気にせず生きていきたいだとか、そんなことばっかり願っていて。


 自分が恵まれた立場だという認識が足りなかった。


 名もない町人や農民だったら、支配する側の重責や重荷はないのかもしれないが、その代わりに支配される側としての義務が生ずる。


 決して好き勝手に生きられるわけではないのだ。


 私はないものねだりばかりしていたのだと、有明と語っているうちに徐々に思い知らされた。