暁のオイディプス

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 「有明、あまり無理はしない方が」


 ようやく七夕の日が訪れた。


 日中は馬で遠出をして、夜は土岐館に戻って「星合の空」すなわち七夕の夜の夜空を堪能しようという約束だった。


 有明が乗馬もこなすとは話には聞いていたが、所詮はお姫様の習い事程度の腕前だと、たかをくくっていたところ……。


 予想外に軽やかに、大きな馬に飛び乗った。


 「見くびるでない。私は武家の娘だ」


 髪は束ね、若武者のような乗馬用の衣装を身にまとった有明は、私に乗馬の卓越した技を見せつけるかのように。


 勝ち誇った笑みを浮かべ、馬を走らせ始めた。


 「待て、有明」


 たちまち差を開けられ、慌てて有明を追いかける。


 そのさらに後ろからは、従者が数名。


 まさにじゃじゃ馬、男勝りの手綱捌きではるか先を行く姫君の後を必死で追った。


 もしかすると……。


 私はふと考えた。


 土岐の御屋形様は、長女であるこの姫を、もしかしたらかつては自らの後継者にと考えていたのではないか、と。


 なかなか男子に恵まれなかったこともあり、不安定な立場にある自分にもしものことがあった際には、この姫を後継ぎにしようという心づもりがあったのかもしれない。


 それゆえ幼少期から男子並みの教育を施し、馬術や武芸など、武家の当主として最低限必要な技能を教え込んでいた可能性が高い。


 家のためにどこかに嫁がせるよりも、才能ある姫を手元に残し、家の存続を託すために。


 やがて男子に恵まれ、姫を後継ぎとする必要はなくなってからも、後継者の可能性があったために嫁ぐこともないまま今まで……。


 それは私にとって幸いだったともいえる。


 御屋形様が後継ぎにしたいと望むあまり、手放すのが遅れ今まで土岐館に留まっていてくれたから、私は有明に巡り合うことができた。