しばし長良川に沿って馬を走らせ、やがて腰掛けるのにちょうどよい大きな石を河原に見つけたので、そこを休憩場所として傍らの木に馬を繋いだ。


 振り返ると青空の下に、稲葉山(標高330メートルほど)が横たわっている。


 その山頂でにらみを利かすのが我らが斎藤家の居城・稲葉山城で、白く輝いている。


 美濃の権力者となった父が十年ほど前に大改築を行ない、現在へと至る……。


 「今日はすまなかったな。また私の尻拭いをさせてしまって」


 「……政務中の件ですか?」


 「ああ。だが寝ていたわけではない。考え事をしていただけだ」


 武家の嫡男ともあろう者が、源氏物語に夢中となるあまり白昼夢に浸っていたとは少々言いにくい。

 「お気になさらずに。あのような数字や計算に関することは、我々家臣の仕事です。若殿はいずれ大殿(おおとの)の後を継がれ守護代となり、この美濃を率いて行かれるお方。守護代たるものは家臣たちの上に立ち、報告や意見を取りまとめるのがお仕事ですから」


 光秀は私をかばい、持ち上げるようなことを口にする。


 昔からこうだった。


 光秀は父の現在の正室・小見の方(おみのかた)の甥であり、元々親戚筋として大事にされていた。


 側室から生まれた私とは直接の血のつながりはないが、近い間柄であり年齢も一歳しか違わなかったため、幼少期より共に学問や武芸に励んで来ていた。


 だが私のほうが一歳年上なのに……、学問も武芸もいつしか光秀のほうが優秀になっていて、私は立場がなかったのも事実。


 にもかかわらず光秀はいつも控えめで、家臣の子という立場を常に守り続けていて……その非の打ち所の無さが私は苦手だった。


 しかしそれ以上に、私の支えとなってくれる光秀は頼もしくもあり、信頼に値するばかりでなく……好きだった。