「あの姫とどうしても一緒になりたいのならば、斎藤家の家督は放棄してもらおうか」


 「え、家督を放棄?」


 予想外の父の条件提示に、私は凍り付いた。


 「そうなると家督は、そなたの弟の孫四郎(まごしろう)に継いでもらうことになるだろうな」


 父は不敵な笑みを浮かべる。


 ……私がその提案を受け入れられないことは、父も重々知っているはずだ。


 私が斎藤家の次期当主になることは、側室であり若くして亡くなった幸薄い母・深芳野の強い願いだったからだ。


 その後私は母の出身である稲葉家に養育されたのだが、稲葉の者たちも幾度となく亡き母の想いを繰り返し私に伝え、私も母の願いを叶えるために父の厳しい仕打ちに耐え、気の進まぬ武芸などに励んできたのだから。


 「そんなこと……」


 たとえどんなに有明が愛しくとも、この家を出ていくなど私には……。


 「どうしてもと申すのならば、斎藤家を出て土岐家の婿養子になってもらう。そして家督は孫四郎に」


 孫四郎は父の正室・小見の方の一番上の男子であるが、私よりは十歳ほど年下の異母弟。


 帰蝶の同母弟であり、帰蝶にあれこれ吹き込まれたのであろう、私のことを避けている。


 「そなたが孫四郎に勝っているのは、年齢が上回っているだけだということをゆめゆめ忘れてはならぬぞ」


 この頃武家の多くでは、たとえ年齢は下でも正室の長子が家督を継ぐ場合が多かった。


 私はたまたま正室の子と年齢差があったのと、美濃を支えるには名門稲葉家の力が必要なため、稲葉家の意向に沿ってそのまま私が嫡男でいられただけなのだ。


 だがもしも父の気が変わりでもしたら?


 私は斎藤家を追われる立場となってしまう未来もあり得る。