ハンカチを返せなかったモヤモヤを抱えつつ、家に到着した。
渋い茶色い壁の木造のアパート。
そこの最上階である2階の一室が私の自宅だ。
「おばあちゃんただいまー」
「お帰りなさい」
部屋の中は少し狭いけど、家賃は安いし、生活に必要最低限の事は出来るので、そんなに不満はない。
私はそこで、おばあちゃんと2人で暮らしている。
おばあちゃんがいれば、どんな家だろうと温かい我が家になってくれる気がする。
「今日はどうだった?」
「ドイツ語の小テストで満点取れたよ」
「それはすごいねぇ」
バイトまで時間がギリギリなので、素早く制服を脱いで、ワンピースを着る。
急いでいてもおばあちゃんとの会話は癒される。
10年前両親が交通事故で亡くなってから、私は唯一の肉親となったおばあちゃんに育てられた。
おばあちゃんは貧しい女手1つで私をここまで育ててくれたのでとっても感謝している。
だから私はプロのヴァイオリニストになって、おばあちゃんに恩返しがしたいんだ!
もう少し綺麗な家で2人で楽しく暮らしていけたら、それで満足。
「藤乃ちゃん、今日はどこだっけ?」
「今日はファミレスで、明日は居酒屋!」
「忙しいね、気をつけてね」
「おばあちゃんも無理しないでね」
おばあちゃんは両手の所々の指が不自然に短い。
事故でなくなってしまったらしい。
それでも、この家に少しでもお金を入れるために内職をしてくれている。
生活費は私たちのバイト代で補えていて、学費は特待生の学習支援金で無料。
ほんとにギリギリの生活。
「じゃあバイト行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
着替え終えた私はバイト先のファミレスへ向かった。