「そうです…けど」
なんで学校がわかるの!?
あ、制服だ。
えっ、じゃあ通報するの!?
バイト帰りの深夜退勤はなんとか許してもらえたけど、自転車で人ひきそうになっただなんて知られたら……うわぁ
退学!?!?
突然浮かんだ「退学」の2文字が、頭の中でどんどん増えて破裂しちゃいそう。
学校を辞めてヴァイオリンが学べなくなるのはすごく嫌!
学校いけなかったら…「ちょっと」
また男の人の声で現実に戻る。
「いつもこうなの?自転車乗らない方がいいんじゃない?」
「いや、そんなわけじゃ、いつもはもっとしっかりで、その、これって、学校に、連絡するのでしょうか?」
「いやしないけどさ、だから泣くなって」
「なっ、泣いてません!」
「涙目じゃん」
私は滅多に泣かない…って思ってるけど、無意識のうちに涙目になることが何度かあった。
「いや、違うんです。これは」
「泣いてるって」
男の人はそう呟きながら黒いコートのポケットからハンカチを出して、私に握らせた。
「とりあえず拭いて」
私を握るその手は、怖い雰囲気とは違って少し温かかった。
「私は大丈夫です。ごめんなさい」
「子犬みたいにクンクン泣くな。めんどくさい」
「私は子犬じゃないです。あと泣いてませんし」
「じゃあ俺は用事があるから」
「えっ」
男の人はそう言うと、タイミングよく青になった信号を渡って行った。
なんで急に帰っちゃうんだろう……
あっ!ハンカチ!
私が持ったままだ!返さないと!
「待ってください!」
私は男の人を呼び止めようとしたけれど、振り向いてくれない。
あっ、でもバイトの時間もあるし…
と迷っている間に、男の人は駅前の人混みへと消えてしまった。
手に持してくれたハンカチ。
柔らかい白地のハンカチで、隅には紫色の桜の刺繍がほどこされていた。

