「なに泣きそうな顔で震えてんだよ」

「泣いてませんもん!」


気がつくと私の目に涙が溜まっていた。


「ほら、泣いてるじゃねーか」

「違います!これは無意識に出るもので…」


そう言い切らないうちに、


「ふぇ!?」


裕哉様は手で私の口を押さえてきた。

後ろには壁、裕哉様との距離が近くなってる。

これは世に言う…壁ドン。


「泣くな」


裕哉様の整った顔が見える。

メガネの奥の瞳が私を刺すように見ている。

私は慌てて口にあてがわれた手を掴んで払った。


「いっ、いきなりなんですか!」

「お前がうるさいからだよ、馬鹿子犬」

「子犬じゃないです!」

「上目遣いするな。俺をちゃんと見ろ」


裕哉様は片手で私の両頬を掴んで上を向かせた。

なんて暴力的なご主人様なんだ!


「ぼくは、どうしゅればいいんでしゅか」


顔を掴まれてるので、言い方が幼くなってしまう。


「自分で考えろ、って言っても更なる大惨事が予想される。そしてお前みたいな役立たずな子犬を俺は執事と認めたくない」

「子犬だって、役に立ちましゅ」

「子犬の方が役立ってる」

「うぅ…」


私は視線を横にずらした。


「こっちを見ろ」


でも直ぐに顔をビシっと動かされて裕哉様の方を向く。


家計や学費を稼ぐ前に、負けたくないような、プライドに近い感情がたかぶってきている。


「睨んでるつもりかよ」

「睨んでないでしゅ」

「子犬の方が上手く睨める。お前は子犬以下だな」

「子犬以上になれましゅもん!紅茶も美味しく淹れましゅもん!」

「じゃあやってみろ」


裕哉様は私の顔から手を離した。


「3日後までに俺の合格を貰ったら執事と認めてやる」

「ほんとですね」

「なんで疑う」

裕哉様はそう言いながら壁ドン状態を解いた。

私が姿勢を正していると、裕哉様は小指を出してきた。


「何ですか?」

「幼稚なお前には指切りでもしないと信じないからな」

「幼稚じゃないです」


私はそう言いながらも小指を出した。


「「ゆーびきーりげんまん うっそついたら針」」

「千本は飲まないが何らかの形で謝罪しよう」

「針千本飲んでください」

「それは嫌だ。指切った!」


こうして、執事として認めてもらうべく、戦いが始まった。

はずなんだけど…


裕哉様の後ろに小さな女の子がちょこんと立っていた。