「藤咲泉」が生まれてから1週間と少し。
学校ではロングヘアのカツラを着けて、家ではおばあちゃんにイメチェンしたと嘘をついて、どうにか過ごしてきた。
沙耶に用意してもらった男子の制服、ヘアカット、カツラに眼鏡に胸を押さえるさらしのお金は、
「趣味みたいなもんだし、出世払いでいいよ」
とツケてもらうことになってしまった。
早く稼いで払わないと!
そんなこんなで今、男装した私は紫桜院家のお屋敷、皐月邸の前に立っている。
五月学園がある皐月町に、おおーーきくそびえ立つお屋敷。
学校に行くときちょこちょこ見かけてたけど、改めて見ると、めちゃくちゃデカい。
そしてめちゃくちゃ綺麗。
ヴェルサイユ宮殿のような皐月邸は、ビル街の勢いに負けずどっしりと構えていた。
今日は執事バイトの面接の日。
そう、私は書類審査を通ってしまったのだ。
……
わわわわわわわ!!!!!
落ち着いて落ち着いて、わたし超落ち着いて!
未だに実感できていない。
こんな弱そうな、男子高校生みたいな私が書類審査を通ってしまったなんて。
いやいや、しかしこれは生計の為。喜ぶべきなのに…
こーんなに大きなお屋敷を見たらそんな決意すら吹っ飛んでしまいそうになった。
あの大企業を経営する紫桜院家の執事なんだから、なれたらかなり凄い事だろうな。
倍率も高いんだろうな。あぁ
入り口からプレッシャーに押しつぶされそうになった私は、震える手で大きな門のチャイムを押そうとすると……
「おーい、執事面接の子?」
横から男の人の声がした。
声のする方を見ると、門の横の小さな扉に警備員さんが立っていた。
「入り口はここ」
警備員さんはそう言いながら、「面接会場 入り口」と書かれた看板を指さした。
「す、すいません」
私は自分なりに低い声で謝り、警備員さんの指す方へ向かった。