彼の家の近くまで送っていった。
ぎゅうっと服を掴んでくる手は最後まで健在。
ここでいい、と言われた場所で止まると「気をつけて」と背を向けられる。
塾をサボらせてよかったのかわからない。
だけど、楽しかった。
できればもう少し時間がほしかった。
高級そうな家が並ぶ。頼りない街灯とわたし、場違いみたい。だけど、でも、…ねえ。
「ちょっと待って!」
茶色の髪がふわりとなびく。
そんなことで、どうしてかな、切ないような気持ちになる。
「あの、……今日は、ありがとう」
だって、今日はたまたま。
本当にたまたまで。
きっと交わることは決してない。
小さく手を振ると、彼が戻ってきた。なんで戻ってきたんだ?
「名前、なに」
そういえば名前も聞いてなかった。
だけど不思議と会話も成り立ったし、楽しいと思ったのは、わたしだけじゃない気がする。そう思ってていいかな。
「美島、春希……そっちは」
「作田茜音。今日は楽しかった。ありがとう。気をつけて」
さくたあかね、が2度目の気をつけてをつぶやく。
わたしが行くまでその場にいそうな様子だったからレッドボーイのキュートでかっこいいエンジン音を鳴らす。
「じゃあ」
「うん」
またね、とはお互い言わなかった。
わたしはただたんに、言えなかっただけ。
だけどもしもう一度会えたら、その時は───
交わることはない。
だけどすれ違うことくらいはあるかもしれない。
そんな不安を抱えながら、夜の地元を愛車でなぞった。