嫌…!
オレリアンの心配そうな顔が浮かぶ。
彼と約束したのに。
これから穏やかに近づいて行こうと。
時間をかけて寄り添って行こうと。
そう、約束したのに。

ダメ…!
なんとか正気を保たないと!
ルーデル公爵家の娘として、ヒース侯爵の妻として、醜態を晒すわけにはいかない。

コンスタンスは自由のきかない体を励まし、正気を保つためにはどうしたらいいか必死に考えた。
部屋を見回すと、窓辺の机の上にペン立てがあり、キラリと光るものが目に入る。

…ペーパーナイフだ…。
コンスタンスはソファから転がり落ち、這いずるように、机に近づいた。
机の下まで来ると、椅子を伝い、机の足を伝い、必死に捩り登る。
なんとか這い上がって腕を伸ばし、ペン立てを倒すと、目当てのものが指に触れた。
手繰り寄せ、なんとか手に取り、机の下に座り込む。

もうすぐフィリップが来る。
それまでに、なんとかしなくては…。
コンスタンスは力の入らない右手でなんとかナイフを持って、左の手首に当てた。

正常な意識を保つ…。
コンスタンスには、自分を傷つけることしか、その方法を思いつかなかった。

当てたナイフを、真一文字に横に引く。
鮮血が飛び散り、ナイフが落ちる。
痺れ薬のせいで然程痛みを感じないが、血は流れ続けている。
流れ出る血を眺めながら、コンスタンスは薄っすら笑みを浮かべた。

ああ、もしかしたら深く切りすぎたかもしれない。
でもこれで、フィリップも手を出そうだなどとは思わないだろう。

血は、流れ続ける。
私はこのまま死んでしまうのだろうか。

オレリアン様…。
彼は、悲しむだろうか。
私が死んだら、彼は…。