先生はそれを奪うように引ったくると喉仏を上下させて一気に飲み干した。
その姿に嫌悪感を感じ顔を歪める。
なんでこんな男にちょっかいだしちゃったんだろう……。
「瑠偉、今どんな状況だ?警察はまだ俺を追っていそうか?」
「……そんなの瑠偉には分からないよぉ」
「分からないじゃすまないだろう。お前にも関係のあることなんだぞ」
「え……?なんで瑠偉がぁ……?」
「瑠偉、俺は逃げている間色々考えたんだ。そして、最善の策を考え付いた。瑠偉は俺が好きだろう?俺ももちろん瑠偉が好きだ。だから、二人でこの町から出て一からスタートをきるんだ」
「ちょっと待って。瑠偉はまだ高校生だしこの町から出ていけないよっ。ちゃんと高校も卒業したいし、それに……――」
「瑠偉。確かに高校を卒業したい気持ちは分かる。だが、俺と高校どっちが大切だ?俺に決まってるだろう?なっ、一緒に逃げよう。いいだろ?今日、俺はお前を迎えにきたんだ」
先生に熱弁されるほどに、嫌気が差していく。
何言ってんの、こいつ。高校とアンタを比べる意味が分からない。
アンタと一緒にいてもあたしにはメリットがない。
ふざけんなよ、ジジイ。
顔が引きつらないように必死になって笑顔を作る。
「センセ、瑠偉トイレに行ってくるねぇ」
いくら話していてもらちがあかない。
さっさと警察を呼んでこいつを刑務所にぶち込んでもらおう。
スッと立ち上がると、先生まで立ち上がった。
そして、あたしの腕をガシッと掴んだ。
「逃げようとしてるな?」
「は、離して!瑠偉がそんなことするはずないよぉ」
鼻に届いた生ごみの腐敗したような匂いに顔を歪める。
とことん落ちぶれちゃったね、センセ。
もうアンタなんて必要ない。利用できるものは全部利用して、いらなくなったら切り捨てる。
それがあたしのやり方。
「だよな、瑠偉がそんなことする必要ないもんなぁ」
先生はニヤリと笑うと、背中の後ろに隠していた右手をこちらに向けた。
その手には鋭利なサバイバルナイフが握られている。
それをあたしの首筋に押しつけると、先生は「ふっ……ふふ……ははははははっ」と声を上げて笑った。
薄気味悪いその声に全身に鳥肌が立つ。
「瑠偉、今すぐスマホをだせ」
「な、なんで?」
「いいから早くしろ!!」
ギラギラとした恐ろしい瞳をあたしに向け叫ぶ先生はもうあたしの知っている先生ではない。
意にそわない言動をとれば、その狂気は確実にあたしに向けられる。
「……分かった」
ポケットから取り出したスマホを差し出すと、先生は満足したようにそれを受け取りニヤリと笑った。
「久しぶりだな、瑠偉。しようか」
「え……?」
「いいだろ、いつもお前の方からねだってくるだろう」
「む、無理だよ、こんなところで……。もうすぐ家族が帰ってきちゃうし……」
「ふっ、大丈夫。そんな心配なんてするな。瑠偉の部屋はどこだ?そっちへいこう」
「やだよぉ、怖いよぉ……。センセ、やめて?ねっ?」
必死になって懇願してもその言葉は先生の耳には届かない。
目はどこか遠くを見つめ、だらしなく開けた唇の端からはよだれが滴り落ちている。
逃亡生活で精神を病んでいるのは間違いなかった。
「ほら、早く歩け!!」
首筋に当てられたサバイバルナイフの刃先が喉に傷を作る。
恐怖に慄くあたしは先生にされるがままだった。



