合宿は名ばかりで、ただの旅行だ、と初めて合宿プランを聞いた時思った。

SAや道の駅に寄りまくって旅館に到着、軽く温泉街を観光して、また旅館に戻る。
二日目は10キロのマラソン。
三日目はまたちょろっと観光地を経由して戻る。
そんな年に一度の秋の合宿が、このサークルの人間は大好きだ。

マラソンがメインのようで、きっとそうじゃない。

マラソンは「合宿」であるための口実だ。

待ち合わせの公園に、サークルの全員がそれぞれ荷物を持ってゆるゆると集まる。
俺は仁さんの車に飲み会用の酒やつまみを乗せていた。

「ねーねー、これも乗せてもらっていい?」

突然の声に振り向くと、綾香が黒いナイロンのボストンバッグを重そうに抱えていた。

「いいよ」と俺はその手からバッグを奪う。

「ありがとー」

綾香の「ありがとー」はいつも軽くてサラッとしてて、俺は好きだった。

今日はこの車を仁さんが運転して、麻莉姉とゴンさんと綾香と俺が乗ることになっている。
正直この車に大人五人はきつい。

綾香のバッグをトランクの空いてるスペースにそっと置くと、ドアを閉める。
二人でみんなの待つ空間へ戻った。

全員集合してることを確認し、軽く今日のプランの説明を聞いて、それぞれ乗る車に散らばった時だった。

「やっば・・・財布忘れた」

綾香が小声で俺に言ってきた。

「まじで?ちょっとなら金貸すけど」

頭の中で財布の中身を確認する。
言うても余裕なんてない。

「いや、取りに行きたい」

綾香が気まずそうに俺を見た。