「麻莉乃と上手く行ってないんだけど」

財布だけを持ってブラブラと揺れた手に見惚れる。
私はこんな手が好きだ。
漫画の中から出てきたような、男の人特有の手。
骨と血管が浮き出てるだけで、なんでこんなに良く見えるんだろう。

街灯だけが寂しく照らす夜の道。
二人の影が、つま先から伸びる。

「別れたら責任取ってよ」

手から横顔に視線を移すと、真っ直ぐどこか見つめたままの仁さんが言った。

「なんで私が責任取るんですか」
「だって綾香のせいだもん」
「意味分かんない」

私は視線を自分の両手に移す。
爪切ってないな、と指を折り曲げた両手を見つめて気付いた。
どうしよう、仁さんから「こいつ爪伸びてる」って思われたら。
そう思って爪を隠すように手を下ろす。

「責任取るって、なんですか」

私が見上げると、仁さんのゴリッとした喉仏が少し上下する。
少し下唇を噛んで考え事してる。

「別に」と言いにくそうに顔をしかめた。

「付き合って、とかそういうんじゃないけど」

そういうんじゃないんだけど?
私はその目を覗き込むけど、真っ直ぐに前を見続けてる視線と交わることはない。

「ちょっと」
「ちょっと?」

「んー」と顎のあたりを細長い人差し指でポリポリと掻く。

「遊びたい」

23時半。
学生ばかりが住むアパートの街に、静かに仁さんの声が響いた。