「燐」
「うん?」
「あーいや、何でもねえわ。気をつけて帰れよ」

まだ行ってもいないのに、帰る心配をされる。
兄の言葉に、燐は少し笑った。

「はーい」

ローファーを履いて家を出た。






燐はアパートを出て一周してからアパートに帰った。部屋には戻らず、軋む階段を出来るだけ静かに上ってそこに身を潜めた。

こうして、じっと藍が家を出るのを待つ。

二階に住んでいるのは風俗嬢一人だ。朝に帰り、今は眠っている。他は空き部屋。

父親の持っていた腕時計を見る。
いつもならあと三十分もしないで出て行く。